第5章_脊髄腫瘍後の働き方の変化|フリーランスという選択と再設計

働き方を選び直す──「できる範囲で生きる」決断

サラリーマンから学び直しへ

手術前まで、私は経理職として会社勤めをしていました。
月末や決算期は残業続きで、帰宅は夜10時過ぎ。家族との時間は削られ、体も心もいつも張り詰めていました。

病気が見つかる少し前に、思い切って会社を辞めていました。
理由は「もっと新しいことを学びたい」と思ったからです。
Pythonやデータ分析を勉強し始め、久しぶりに“未来にわくわくする感覚”を取り戻していました。

ところが、その矢先に脊髄腫瘍が発覚。人生の計画は一気に狂いました。

術後とフリーランスという選択

退院しても、以前のようにフルタイムで会社員として働くことはできませんでした。
通院やリハビリが生活の中心になり、体調によっては数日痛みで動くのが辛いことがあります。
「サラリーマンに戻る」という選択肢は現実的ではありませんでした。

それまで当たり前だと思っていた働き方は、体調を前提にすると成り立たないものだと気づきました。

働き方の考え方がどう変わったのかは、こちらにまとめています
働き方を選ぶ前に、体調を前提に置くようになった

だからこそ選んだのがフリーランスという働き方です。
独立といっても大げさなものではなく、「できることを、できる範囲でやる」という柔らかいスタンス。
その中で、自分のペースで続けられる経理の仕事を中心に、少しずつ受けていくようにしました。

在宅の会計業務と新しい挑戦

ありがたいことに、以前の職場の仲間から「無理しない範囲で手伝ってほしい」と声をかけてもらい、在宅で会計業務を請け負うことができました。
体調に合わせて仕事量を調整できるのは、フリーランスならではの利点です。

同時に、学んでいたデータ分析やブログ執筆にも取り組み始めました。
「自分の体験を文章に残す」ことは、誰かの役に立つだけでなく、自分自身の心を整理する時間にもなりました。

大切なのは「無理をしないこと」。

無理をしないという判断は、逃げではなく「壊れないための選択」でした。

その判断基準については、こちらで整理しています
病気が、判断の前提を変えていった


社会や周囲のスピードに合わせるのではなく、自分の体と相談しながら働き方を選ぶ。
それが私にとっての“再出発”でした。

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この記事を書いた人

会計事務所・事業会社で約20年、税務・経理の仕事に従事。
40代で脊髄腫瘍を経験し、手術とリハビリを経て現在はフリーランスとして働いています。

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