同じ病気、
同じ手術、
同じようなリハビリ期間。
それなのに、
数カ月後には大きな差がついている人たちがいます。
体の状態だけを見れば、
そこまで大きな違いはありません。
それでも、
「もう日常に戻れている人」と
「まだ、生活が立て直せていない人」。
回復の進み方には、
はっきりとした差が生まれていました。
なぜ、こんな違いが出るのか。
体力でも、根性でもない。
その理由は、
実際にその立場になってみて、
少しずつ見えてきました。
回復とは、「治ること」では終わらなかった
病気や手術を経験すると、
どうしても「回復=体が元に戻ること」
と考えてしまいます。
私自身も、そうでした。
手術が終わり、退院して、
「ここからは時間が解決してくれるはずだ」
どこかで、そう信じていました。
けれど、現実は違いました。
体より先に、
生活の不安がやってきたのです。
・収入はどうなるのか
・医療費はどこまでかかるのか
・この状態で、いつまで休めるのか
体は横になっているのに、
頭の中だけが休まらない。
この感覚は、
経験した人でないと分からないかもしれません。
不安があると、人は「休めなくなる」
体調が悪い日に限って、
こんな考えが頭をよぎります。
「このまま休んでいて大丈夫だろうか」
不安があると、
休むことに罪悪感が生まれます。
本当は横になった方がいいのに、
少し無理をして動いてしまう。
その無理が、
回復を遠回りさせる。
そして、回復が遅れると、
さらに不安が強くなる。
この循環に、
知らないうちに入り込んでいる人は、
決して少なくないと思います。
知っているだけで、景色が変わる
回復の過程で、
私が意識的に調べたのは、
高額療養費制度、医療費控除、
そして働けない期間の生活を支えるための制度でした。
ここで大事なのは、
それぞれの制度を
完璧に理解することではありません。
申請書類を
すべて暗記する必要もありません。
「使える制度が存在する」
そう知っているかどうか。
それだけで、
心の置き所が変わります。
「今は無理をしなくていい」
「すぐに元に戻らなくても大丈夫」
この感覚があるだけで、
体の緊張が少し緩む。
不思議ですが、
それだけで回復のリズムが変わってきます。
安心がある日と、ない日の違い
同じ一日でも、
安心がある日と、ない日では、
体の感じ方がまったく違います。
安心がない日は、
痛みや疲労に、
過剰に反応してしまう。
「この状態で大丈夫なのか」
という思考が、
常に頭を占領します。
一方で、
「使える選択肢がある」
そう分かっている日は、
体調の波を
少し距離を置いて見られる。
今日は休む日。
今日は動ける日。
その判断を、
落ち着いて下せるようになる。
この違いは、
想像以上に大きいです。
制度は「使うため」だけにあるわけじゃない
制度というと、
どうしても
「使う・使わない」
という話になりがちです。
でも、実際には違います。
制度の価値は、
使う前に、すでに始まっている。
「いざとなれば、戻れる場所がある」
そう思えること。
それが、
人を追い詰めない。
制度は、
弱い人のための特別な仕組みではありません。
人生に想定外が起きたときの、
安全装置です。
回復スピードを分けていたもの
振り返ってみると、
回復が早かった人たちは、
特別に強い人だったわけではありません。
ただ、
・知っていた
・調べていた
・選択肢を持っていた
それだけです。
逆に言えば、
知らないままだと、
必要以上に自分を追い込んでしまう。
回復のスピードを分けていたのは、
根性でも、努力でもありません。
安心できる余白があったかどうか。
それだけだったのだと思います。
回復の過程で意識した制度(参考)
ここで挙げる制度は、
私自身が回復の過程で
「使えるかもしれない」と
意識的に調べたものです。
詳細な条件や手続きについては、
それぞれ個別の記事で体験をもとにまとめています。
- 高額療養費制度
- 医療費控除
- 障害年金
- 障害者手帳に関わる制度
- 自立支援医療制度
- 働けない期間の生活を支える各種制度
最後に
制度を知ることは、
何かを得するための行為ではありません。
本当の意味は、
自分を追い込まないための知識
だと思っています。
人は、不安が強いと、
回復よりも
「戻ること」を優先してしまう。
でも、回復には、
立ち止まる時間が必要です。
「守られている」
「選択肢が残っている」
そう感じられるだけで、
人は少し、呼吸が深くなる。
その余白が、
結果的に回復を早めてくれる。
使うかどうかは、
その時に決めればいい。
でも、
知らないまま進むのと、
知った上で進むのとでは、
回復の道筋はまったく違う。
このことは、
体験して初めて、
はっきりと分かりました。
