“体力”が通貨になった日から、設計が始まった

病気や手術を経験すると、
人生が劇的に変わる――
よくそんな言い方をされます。

でも、実際に変わったのは
「価値観」や「考え方」よりも、
もっと地味で、もっと現実的な部分でした。

それは、
体力の扱い方です。

ある日を境に、
体力が「前提」ではなく
使えば減るものとして意識されるようになりました。

そこから、
仕事も、生活も、将来の考え方も、
少しずつ“設計し直す”ことになりました。

目次

「今日はどこまで動けるか」を考えるようになった

以前は、
「今日は何をするか」だけを考えていました。

多少疲れていても、
・予定は入れる
・仕事は引き受ける
・無理は後で回収すればいい

そんな感覚です。

でも、手術後しばらくしてからは、
朝起きた瞬間に考えることが変わりました。

「今日は、どこまで動けるだろうか」

・長時間座れるか
・外出すると、帰ってから動けなくならないか
・この仕事をやると、明日に影響が出ないか

一日のスタート地点で、
すでに“体力の残高”を意識している。

この感覚が出てきた頃から、
体力は完全に「通貨」になりました。


使いすぎると、数日失う

体力が通貨だと気づいたのは、
使いすぎた後の代償がはっきり見えるようになったからです。

少し無理をした翌日。

・痛みが強くなる
・集中力が落ちる
・横になっている時間が増える

ひどい時は、
「1日頑張った代わりに、2〜3日動けない」
そんなこともありました。

ここで初めて、
「体力は一時的に前借りできるが、
 利息付きで返すことになる」
と実感しました。

これは精神論ではどうにもならない。

この時点で、
無理を前提にした生き方は成立しなくなりました。


「全部はできない」と受け入れた瞬間

一番大きかった変化は、
全部をやろうとしなくなったことです。

以前は、
・仕事
・勉強
・家のこと
・将来の準備

どれも「やるのが当たり前」でした。

でも、体力に限界があると分かると、
選ばざるを得ません。

今日は、これだけ。
今週は、ここまで。
今月は、無理をしない。

最初は、
「できない自分」になったようで
少し悔しさもありました。

でも同時に、
壊れない選択をしている感覚もありました。


努力ではなく、配分の問題だった

この頃から、
「頑張りが足りない」という発想が消えていきました。

足りなかったのは、
努力でも根性でもなく、
配分の視点だったのだと思います。

体力が有限なら、
どこに使うかを決めなければならない。

・収入につながる仕事
・長期的に意味のある作業
・今の自分にとって必要な回復

全部は無理でも、
「これは削らない」という軸を持つ。

ここで初めて、
人生が「設計」という言葉で語れるものになりました。


設計すると、むしろ自由になる

設計という言葉は、
どこか堅苦しく聞こえます。

でも、体力を前提に設計し始めてから、
不思議と心は軽くなりました。

・今日はここまでで終わっていい
・調子が悪い日は、迷わず休める
・断る理由を自分の中で説明できる

「できない」ではなく
「やらないと決めている」

この違いは大きいです。

設計は、
自分を縛るためのものではなく、
壊れないための枠組みでした。


お金・時間・体力の順番が逆転した

以前は、
お金が最優先でした。

そのために時間を使い、
体力は多少削っても仕方がない。

でも今は、
順番が完全に逆です。

体力 → 時間 → お金

体力が残っていなければ、
時間は意味を持たない。
時間が使えなければ、
収入も続かない。

この順番に気づいてから、
判断はかなりシンプルになりました。


おわりに

“体力”が通貨になった日から、
私は人生を「気合」ではなく
「設計」で考えるようになりました。

無理をしない。
消耗を前提にしない。
続かないやり方は、最初から選ばない。

これは、
病気をした人だけの話ではありません。

年齢を重ねれば、
誰にでも訪れる視点だと思います。

もし今、
何かがうまく回っていないなら。

頑張り方ではなく、
体力の使い方を見直すところから
設計を始めてもいいのかもしれません。

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この記事を書いた人

会計事務所、事業会社で税務・経理の仕事に従事していました。
40代で脊髄腫瘍になり、手術・リハビリをしつつ、現在はフリーランスで仕事をしています。