医療では解決しなかった「その後の問題」

多くの問題は、
「解決したかどうか」では終わりません。

原因は取り除かれた。
手続きも終わった。
周囲から見れば、一区切りついている。

それでも、
生活の感覚だけが、先に進めないことがあります。

これは、
努力が足りないからでも、
回復が遅れているからでもありません。

前提が変わったのに、
生活の設計だけが以前のまま残っている。

このズレが、
「終わったはずの出来事」を、
いつまでも現在進行形にしてしまいます。

人は、
病気やケガ、環境の変化をきっかけに、
知らないうちに、
別の地図の上に立たされることがあります。

その地図には、
元の道は描かれていません。

必要なのは、
元に戻る方法ではなく、
新しい前提で歩き直すための設計です。

――病気から、生活へ。治療後に始まった本当の調整

目次

はじめに

病気になったとき、
多くの人はまず「治すこと」を目標にします。

どの病院がいいのか。
どんな治療法を選ぶべきか。
数値や画像はどう変化しているのか。

私自身も、そうでした。

ただ、ある段階に入ったとき、
医療の外側に、別の問題が残っていることに気づきました。


医療は「症状」を診るが、「生活」は診ない

病巣そのものは、手術によって取り除かれました。
現在も定期的に経過をみながら、身体の状態を確認しています。

ただ、
後遺症として残った痛みや可動域の制限によって、
以前と同じように身体を動かすことはできません

医学的な経過と、
身体感覚としての現実は、
必ずしも同じ速度で進むわけではありませんでした。


病巣はなくても、生活は元に戻らない

病巣が確認されない状態になれば、
医学的には「病気ではない」と整理されます。

けれど現実には、
後遺症による痛み、痺れ、麻痺が日常に残り、
生活は病気になる前の形には戻りません

このとき初めて、
「治療の段階」と「生活の回復」は、
別の軸で考える必要があるのだと感じました。


病気が終わっても、調整は終わらない

病気の前と後では、
身体の前提が変わります。

  • できること
  • できる量
  • 回復にかかる時間
  • 無理をしたときの反動

これらは、静かに、しかし確実に変わっていました。

一方で、
仕事や生活の設計は、
病気になる前の前提のまま続いています。

ここに、
医療と現実のギャップが生まれます。


「その後」に残るのは、答えのない問い

病気が終わったあとに残るのは、
「どう生きるか」という問いでした。

どこまでなら無理がないのか。
どこから先は、代償が大きすぎるのか。
何を手放し、何を残すのか。

これは、
誰かが答えを用意してくれる問いではありません。

治療中のように、
決まった手順も、正解もない。

自分の状態を前提に、設計し直す段階に入ったのだと思います。


問題は「弱さ」ではなく「前提のズレ」

調子が上がらないとき、
以前の私はこう考えていました。

自分が弱くなったのではないか
努力が足りないのではないか

でも今は、少し違います。

多くの問題は、
変わった前提で、変わっていない設計を使い続けていることから生じていました。


病気は、生活の設計図を書き換える出来事

病気は、
人生を壊す出来事ではなく、
生活の設計図を書き換えるきっかけだったと感じています。

  • 働き方
  • 時間の使い方
  • 無理をする基準

医療が扱わなかった領域にこそ、
本当の調整が残っていました。


おわりに

私は今も、
働き方や生き方を再デザインしながら、
毎週リハビリに通い、機能改善を続けています。

これは、
もう終わった話ではありません。

治すことと、
生きていくことは、
同じ時間軸では進まない。

医療では解決しなかった「その後の問題」とは、
どう生活を組み直していくか、という問いだったのだと思います。

急いで答えを出さなくていい。
少しずつ、
自分の現実に合わせて調整していけばいい。

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この記事を書いた人

会計事務所、事業会社で税務・経理の仕事に従事していました。
40代で脊髄腫瘍になり、手術・リハビリをしつつ、現在はフリーランスで仕事をしています。