「今月、ほとんど稼げていないな」
そう気づいたのは、
通帳の残高を見たときでも、
家計簿をつけたときでもありませんでした。
体が思うように動かず、
“働こうと思っても働けない日”が続いたときです。
その事実が、じわじわと、
静かに心に染み込んできました。
「稼げない=不安」という、あまりに単純な構図
会社員だった頃、
お金はとても分かりやすい存在でした。
働けば給料が出る。
休めば有給がある。
体調を崩しても、ある程度は制度が守ってくれる。
だから無意識のうちに、
お金は「働いた結果」
収入は「自分の評価」
そんな前提で生きていたのだと思います。
忙しく働いている自分に、
どこか安心していた部分もありました。
病気と療養が突きつけた現実
脊髄腫瘍の手術を受け、
入院とリハビリの期間に入ったとき。
一日一日の過ごし方が、
これまでとはまったく違うものになりました。
朝、体を起こすだけで精一杯の日。
痛みで、長く座っていられない日。
「今日は無理だな」と、何度も思う日。
そんな日が、何日も続きました。
その間、
仕事はほとんどできない。
当然、収入も増えない。
「今日は何も生み出していない」
そんな言葉が、
何度も頭の中をよぎりました。
働けない時間は、本当に「何もしていない」のか
でも、あとから振り返ると、
その時間は決して空白ではありませんでした。
体を回復させるために休み、
痛みと向き合い、
これからどう生きていくかを考えていた。
生きるために必要なことを、
必死にやっていた時間だったと思います。
ただ、その行為は、
- 給料明細にも
- 請求書にも
- 数字にも
一切、反映されません。
ここで初めて、
「お金=価値」という考え方が、自分を苦しめている
と気づきました。
お金は「評価」ではなく「道具」
あるとき、ふと考えました。
もし今、
この体の状態で無理に今まで通り働き続けたら、
本当に先が良くなるのだろうか。
答えは、正直わかりませんでした。
でも一つだけ確かだったのは、
お金は、自分の価値を測るためのものではない
ということです。
お金は、
- 生き延びるため
- 生活を維持するため
- 次に動くため
の「道具」に過ぎない。
そう捉え直した瞬間、
少しだけ肩の力が抜けました。
「今は稼がない時間」と割り切る
フリーランスになってから、
常に頭のどこかで、
「今月はいくら稼げたか」
「生活は大丈夫か」
そんなことを考えていました。
でも療養期間を経て、
今は“稼がない時間”を選んでいる
と考えられるようになったのです。
これは諦めではありません。
逃げでもありません。
体と人生を立て直すための、戦略的な選択でした。
不安は消えない。でも「管理できる」ようになる
正直に言えば、
お金の不安が完全に消えたわけではありません。
通院費、生活費、将来のこと。
考え始めれば、キリがない。
ただ、
- 配当収入
- 在宅でできる仕事
- 利用できる制度
「稼げない=収入ゼロ」にならない状態を、
少しずつ作ってきました。
その結果、不安は、
漠然とした恐怖
から、
向き合って管理できるもの
に変わっていきました。
稼げない時間が教えてくれたこと
もし、あのとき無理をして働き続けていたら。
もし、「稼げない自分」を否定し続けていたら。
今の考え方には、
きっと辿り着けなかったと思います。
稼げない期間は、
人生のブランクではありませんでした。
お金との距離感を、作り直す時間だったのだと思います。
最後に
もし今、
- 思うように働けない
- 収入が落ちて不安
- 自分の価値まで下がった気がする
そんな感覚を抱えている人がいたら、
伝えたいことがあります。
稼げない時間があるからこそ、
お金に振り回されない生き方が見えてくる。
私自身、
今もその途中にいます。
