「考え続けるしかなかった」期間が、後から役に立った話

病気になってからの時間は、
何かを“決めて進む”というより、
考え続けるしかない時間だったように思います。

答えが出ない。
選択肢も見えない。
それでも、考えることだけはやめられなかった。

当時の私は、
その時間にほとんど価値を見いだせていませんでした。

けれど今振り返ると、
あの「何も進んでいないように見えた期間」が、
後から静かに効いてきた感覚があります。

これは、
病気の話であり、
働き方の話であり、
そして「思考を続けること」そのものの話です。

目次

動けなくなったあとに、残ったもの

手術と療養を経て、
体は以前のようには動かなくなりました。

働き方も、
時間の使い方も、
体力の前提も、すべてが変わりました。

ただ、不思議なことに
「考えること」だけは止まりませんでした。

どう働くか。
何を優先するか。
何を諦めるか。
どこまで無理をしないか。

決断できないまま、
同じ問いを何度も行き来する日々。

その頃の私は、
「考えてばかりで、何も生み出していない」
そんな自己評価をしていました。


答えが出ない思考は、無駄に見える

行動が伴わない思考は、
世の中では評価されにくいものです。

結果がない。
前に進んでいない。
アウトプットも見えない。

特に、
仕事やキャリアの文脈では
「決断して動いた人」のほうが
分かりやすく評価されます。

だから当時の私は、
自分の状態をどこか
中途半端で、停滞したものと感じていました。

けれど今なら、
はっきり言えることがあります。

あの時期は、
「考え続けるしかない構造」に置かれていた。
ただそれだけだったのだと。


思考は、すぐには成果にならない

後から分かったのは、
あの思考の蓄積は
即効性のある成果にはならないということでした。

代わりに、

  • 判断の軸がズレにくくなった
  • 言葉を選ぶ精度が上がった
  • 曖昧な違和感を放置しなくなった

そういった形で、
時間差で効いてきました。

当時は見えなかったけれど、
思考は「準備」ではなく
内部構造の再編成だったのかもしれません。


書くことで、思考が形になり始めた

その変化が、
はっきり意識できるようになったのは、
書き始めてからでした。

書こうとすると、
頭の中の曖昧さが露呈します。

  • なぜそう感じたのか
  • どこで引っかかっていたのか
  • 何を言えずにいたのか

言葉にできない部分ほど、
自分が避けてきた思考でもありました。

書くことは、
思考を“整理する作業”というより、
思考の癖や限界を可視化する作業だったように思います。


病気と働き方の間にあったもの

このブログでは、
病気のことも、
働き方のことも書いてきました。

けれど、その間にずっとあったのは
「どう考え続けてきたか」という部分でした。

回復のスピード。
働ける量。
社会との距離感。

それらを決めていたのは、
正解の知識ではなく、
その都度の思考の積み重ねだった気がします。


あの期間が、後から役に立った理由

あの「考え続けるしかなかった期間」は、
振り返ると、次の土台になっていました。

  • すぐに答えを出さなくていい
  • 分からない状態を保留できる
  • 思考を外注しすぎない

これは、
病気からの回復だけでなく、
働き方を組み直す上でも
大きな支えになっています。


おわりに

今も、
すべてが整理できたわけではありません。

ただ一つ言えるのは、
「考え続けるしかなかった時間」は、
無駄ではなかったということです。

それは、
後から意味づけできたというより、
意味を受け取れる状態に自分が変わった
という感覚に近いかもしれません。

この思考の積み重ねが、
これからどこにつながっていくのか。

それについては、
また別の場所で書くことになると思います。

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この記事を書いた人

会計事務所、事業会社で税務・経理の仕事に従事していました。
40代で脊髄腫瘍になり、手術・リハビリをしつつ、現在はフリーランスで仕事をしています。