「普通に戻れたらいいのに」
病気や手術のあと、そう思ったことがありました。
以前のように動ける体。
以前のように働ける生活。
以前のように、深く考えなくても回っていた毎日。
回復という言葉には、どこか“元に戻る”という意味が含まれている気がします。
だから私も最初は、
「元通りになること」
を目指していました。
けれど、ある時から違和感が出てきました。
体の問題だけではありません。
もっと根本的な違和感でした。
「そもそも、“普通”って何だろう」
以前の生活を普通と呼ぶなら。
今の自分は普通ではないのか。
病気を経験したあと、以前と同じ状態を目指し続けることが、本当に回復なのか。
今回は、私が「普通に戻る」という考え方を手放した理由について書きます。
「普通に戻る」が最初の目標だった
病気のあと、多くの人は「回復」を目指します。
それは自然なことだと思います。
できなくなったことがある。
失った感覚がある。
前の生活に戻れない不安がある。
だからこそ、以前の状態をゴールに置く。
私も、そうでした。
違和感なく歩けるようになりたい。
走れるようになりたい。
前と同じように働けるようになりたい。
当時は、それ以外の選択肢を考える余裕もありませんでした。
「元に戻ること」が唯一の正解のように感じていたからです。
回復しても、以前の自分には戻れなかった
少しずつ動けるようになりました。
外に出られる日も増えました。
生活も以前より安定してきました。
けれど、違和感がありました。
「戻っている感じがしない」
以前のように動ける日もある。
でも、疲れ方が違う。
痛みの出方が違う。
集中力やエネルギーの波も違う。
見た目には元気そうでも、内側は以前とは違っていました。
それでも当時は、
「もっと頑張れば戻れる」
そう思っていました。
けれど、その考え方は、少しずつ自分を追い詰めていきました。
「戻れない自分」を認めることが怖かった
本当に苦しかったのは、体の問題だけではありませんでした。
以前と違う自分を受け入れること。
これが、想像以上に難しかった。
前ならできた。
前なら疲れなかった。
前なら普通にこなせた。
その比較が、常に頭の中にありました。
特に、過去に長く続けていた習慣ほど、その差を感じやすい。
私の場合、長年続けていたランニングもそうでした。
走れるようになったとしても、以前の感覚とは違う。
足が思うように動かない。
リズムが違う。
長距離は走れない。
その違いを感じるたびに、
「まだ戻れていない」
そう思ってしまっていました。
でも今振り返ると、
“戻る”ことだけを基準にしていたから、苦しかったのだと思います。
「普通」とは、誰の基準だったのか
ある時から、考えるようになりました。
そもそも、「普通」って何だろう。
以前の自分?
社会の基準?
周囲の働き方?
病気になる前、私は「普通」を深く考えたことがありませんでした。
朝起きて、仕事へ行く。
疲れて帰る。
休日に少し休む。
多少しんどくても、それが普通。
周囲と同じように働けること。
以前と同じペースで動けること。
それを、当たり前の基準として持っていました。
でも病気のあと、その基準が崩れました。
疲れ方が違う。
回復に時間がかかる。
日によって動ける量が変わる。
以前と同じように生活しようとすると、どこかで無理が出る。
それでも当時は、
「自分が弱くなっただけではないか」
そう考えていました。
でも今振り返ると、違った気がします。
私は“普通”に合わせようとしていただけでした。
本来なら、体が変わった時点で、基準も変わるべきだった。
でも、昔の自分を基準にしたままだった。
だから苦しかった。
もし昔の自分を基準にし続ければ、今の自分はずっと「足りない存在」になってしまいます。
でも、病気を経験したあとに必要なのは、昔の基準を守ることではなく、
「今の自分に合う基準を作り直すこと」
だったのだと思います。
👉 病気をきっかけに、「何を基準に生きるか」が変わっていった過程については、こちらにもまとめています。
→ 病気が、判断の前提を変えていった
普通とは、固定されたものではありません。
体が変われば、働き方も変わる。
価値観も変わる。
なのに、普通だけを変えないままだと、自分を責めやすくなる。
病気のあと、「普通」を目指すことが苦しい人は、
“普通が悪い”のではなく、
“基準が昔のまま”なのかもしれません。
ここに気づいた時、私は少し楽になりました。
「戻る」ではなく、「今の体で生きる」に変わった
私は途中から、目標を変えました。
「普通に戻る」ではなく、
「今の体で、どう生きるか」
に考え方を変えました。
これは、諦めではありません。
むしろ逆でした。
戻れない現実を認めること。
その上で、新しい生活を組み直すこと。
こちらの方が、よほど勇気が必要でした。
以前と同じ働き方に戻るのではなく、
今の体で続けられる形を探す。
以前と同じ生活リズムではなく、
疲れ方に合わせて調整する。
前提を変えることで、少しずつ苦しさが減っていきました。
「普通」を目指さなくなって、見えたもの
不思議なことに、「普通」を目指さなくなってからの方が、心が少し軽くなりました。
前の自分と比べ続ける必要がなくなったからです。
以前の状態を否定するわけではありません。
ただ、それを“唯一の正解”にしなくなった。
その変化は大きかった。
病気のあと、自分の人生は少し変わります。
それを無理に元へ戻そうとすると、苦しくなることがあります。
変わったことを認める。
そして、その状態で生き方を再設計する。
その方が、現実に近いのかもしれません。
「普通に戻る」が苦しい人へ
もし今、
「前みたいに戻れない」
そう感じているなら。
それは、回復が足りないからではないかもしれません。
比較する基準が、過去のままだからかもしれません。
戻れないことは、失敗ではありません。
変わった状態で生きる方法を探すことも、立派な回復の一部だと思います。
病気のあと、人生は以前と同じにはならない。
でも、違う形で整えていくことはできます。
私は今、「普通に戻る」ことよりも、
「今の自分に合う生き方を作ること」
を大切にしています。
まとめ
病気のあと、「普通に戻りたい」と思うのは自然なことです。
私も最初は、それを目標にしていました。
でも、回復が進むほど、
“戻ること”が苦しさになる瞬間がありました。
過去を基準にし続けると、今の自分を否定しやすくなる。
だから私は、「戻る」を目標にするのをやめました。
その代わりに、
今の体で、どう生きるか。
今の状態で、どう働くか。
そこを考えるようになりました。
病気のあとに必要なのは、
昔に戻る努力だけではなく、
今の自分に合う形を探す視点なのかもしれません。
👉 「以前と同じように働く」ではなく、
「今の体で続けられる働き方」を考えるようになった過程は、こちらにまとめています。
→ 働き方を選ぶ前に、体調を前提に置くようになった
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