病気や手術のあと。
少しずつ日常に戻れてきても、
心の中では別の苦しさが残ることがあります。
それは、
「以前の自分なら、もっとできたのに」
という感覚です。
体調が少し戻っても、
以前と同じようには動けない。
できることは増えていても、
以前の感覚を知っているからこそ、
今の自分との差が気になります。
私は、手術後にその感覚を何度も経験しました。
特に苦しかったのは、
“以前の自分と比較してしまうこと”でした。
この記事では、
以前の自分を基準にすると苦しくなる理由と、
そこから少しずつ考え方が変わっていった過程を書きます。
以前の自分と比べるのは自然なこと
人は変化が起きたとき、
過去の状態を基準に現在を判断します。
以前できていたことができなくなると、
違和感や喪失感が出るのは自然です。
私もそうでした。
病気になる前は、
「できる」が当たり前でした。
体を動かすことも、
働くことも、
多少無理をしても乗り切ることも。
だからこそ、
術後の自分と向き合ったとき、
現実との差が大きく感じました。
そして、その差を埋めようとして、
以前の自分を基準にしてしまっていました。
走れなくなったとき、悔しいより情けなかった
私は15年ほどマラソンを続けていました。
走ることは、
単なる運動ではなく、
生活の一部でした。
習慣であり、
自分らしさの一つでもありました。
術後数カ月は、
走る以前に、足を連続して前へ出すことができませんでした。
「走る」という感覚が、
体から消えていたような状態でした。
術後、初めて走る練習をしたとき。
悔しいというより、
情けなさの方が強かったです。
その頃は無職で、
体の回復に集中していた時期でした。
日中、公園で練習をしていました。
歩いて、少し走る。
また歩いて、数歩だけ走る。
その繰り返し。
でも、足はついてこない。
今まで当たり前のようにできていたことが、
まったくできない。
何日も、何週間も、
同じ練習を繰り返しました。
あまりの出来なさに、
涙が出たこともあります。
以前の自分なら、
フルマラソンを走れていました。
長距離を走ることも、
坂道も、トレイルも。
でも、術後の私は、
数歩走るだけでも精一杯でした。
この差が、
とても苦しかったです。
小さな一歩でも、その時の自分には大きかった
ある時、
練習の成果だったのか、
時間による回復だったのかは分かりません。
少しだけ、
連続して走れる瞬間がありました。
長くは続きませんでした。
でも、その時の私にとっては、
大きな一歩でした。
フルマラソンを走っていた頃の自分からすると、
本当に小さな変化だったと思います。
でも、その時の自分にとっては、
大きな目標を達成したような感覚でした。
以前の自分を基準にすると、
小さすぎて意味がないように見える変化。
でも、回復途中の自分からすると、
その一歩は確かな前進でした。
そこからも練習を続け、
今では5km程度は走れるようになりました。
まだ壁はあります。
以前と同じようには走れません。
でも、少しずつ進めるようにはなっています。
階段を降りることが怖かった
術後、怖かったことがもう一つあります。
それは、階段を降りることでした。
特に左足は、
術後しばらく思うように動きませんでした。
歩けるようにはなっても、
「思った場所に足を置く」という感覚が戻らなかったのです。
階段を降りるとき、
左足を前に出せない。
どこに足を置けばいいのか分からない。
怖くて止まってしまう。
以前の私は、
歩くスピードも速く、
階段も人よりテンポよく降りていました。
でも今は、
人と同じペースでは歩けません。
急げない。
スピードが出ない。
悔しいというより、
情けない感情の方が強かったです。
周囲から見れば分からないかもしれません。
でも、自分の中では、
以前の感覚を知っているからこそ、
差を感じていました。
比較をやめたのではなく、基準が変わった
以前の私は、
「元に戻ること」を強く考えていました。
病気になる前の状態。
以前のペース。
以前できていたこと。
それを基準にしていたから、
できない自分を見るたびに苦しくなっていました。
でも、少しずつ考え方が変わってきました。
今は、
「以前と同じになること」
よりも、
「今の自分をどう受け入れるか」
を考えるようになりました。
比較をやめたわけではありません。
ただ、比較する基準が変わった。
以前の自分ではなく、
少し前の自分と比べる。
昨日より少し楽だった。
以前より少し歩けた。
少しだけ長く走れた。
そういう変化を見るようになりました。
「戻る」ではなく「超え直す」という感覚
今でも、
完全に回復したとは思っていません。
違和感は残っています。
走り方も、歩き方も、
以前とは違います。
でも、私は今でも走る練習をしています。
理由は一つです。
どれだけ時間がかかっても、
もう一度、自分なりに走れる状態になりたいから。
私はマラソンやトレイルを長く続けてきました。
だからこそ、
諦めたくない気持ちがあります。
以前と同じには戻れないかもしれない。
でも、今の体で、
今の条件で、
超え直したい。
そんな感覚で続けています。
まとめ|以前の自分は“戻る場所”ではない
以前の自分を基準にすると、
今の自分が苦しくなります。
それは、
前提条件が変わっているからです。
以前できていたことを思い出すほど、
できない現実との差が大きく感じます。
でも、比較してしまうこと自体は悪いことではありません。
それだけ、
以前の自分を知っているということでもあります。
大切なのは、
その比較に押しつぶされないこと。
以前の自分は、
戻るべき場所ではなく、
「ここまで来た」という記憶。
そして、
今の自分を考えるための参考。
そのくらいの距離感が、
少しちょうどいいのかもしれません。
🔗 関連記事
