しばらく経ってから、気づいたことがあります。
あの頃の私は、
「稼げていない」という事実そのものよりも、
稼げない自分を、ずっと心の中で裁いていたのだと。
当時は、それにすら気づいていませんでした。
ただ、体が思うように動かず、
仕事が進まない日が続く中で、
理由の分からない焦りや、言葉にできない重さを感じていただけでした。
「何かをサボっている気がする」
「ちゃんとやれていない気がする」
でも今なら分かります。
それは怠けていたからでも、
努力が足りなかったからでもありませんでした。
“稼げていない=価値が下がっている”
そんな物差しを、
自分自身に向けていただけだったのです。
「稼げない=価値がない」という思い込み
フリーランスになってから、
私はずっと「稼げているかどうか」を
自分の状態を測る基準にしていました。
仕事が進んでいるか。
収入が立っているか。
数字が積み上がっているか。
それができていれば前進。
できていなければ後退。
病気で働けなくなっても、
その感覚だけは、なかなか抜けませんでした。
でも、あるときふと、
「この物差しは、健康な状態を前提に作られている」
という当たり前の事実に気づきました。
体が回復していない状態で、
同じ基準を当てはめ続けること自体が、
無理のある話だったのです。
お金の不安の正体は「金額」ではなかった
療養中、確かに収入は減りました。
でも、不思議なことに、
不安のピークは「一番お金が減った時」ではありませんでした。
一番苦しかったのは、
- いつまでこの状態が続くのか分からない
- 先の見通しが立たない
- 自分でコントロールできない
この 「時間の不確実さ」 でした。
お金そのものよりも、
「いつ戻れるのか分からない」という感覚が、
不安を大きくしていたのだと思います。
「増やす」より先に「減らさない」を選んだ理由
以前の私は、
お金の話=増やす話、という感覚が強くありました。
収入を増やす。
効率を上げる。
成果を出す。
でも、体調を崩してからは、
その発想が現実に合わなくなりました。
そこで初めて、
「今は増やさなくていい。壊れなければいい」
と考えるようになりました。
生活費を見直すことは、
我慢や後退ではありませんでした。
どこまでなら動けるか。
どこまでは守れるか。
どこを削れば、気持ちが軽くなるか。
それを一つずつ確認する作業だったのです。
結果的に得られたのは、
安心感よりも 「選択肢」 でした。
「収入を戻す」より「壊れない生き方」を優先する
療養中、何度も思いました。
「早く元に戻らなきゃ」
「このままじゃダメだ」
でも、その「元」は、
本当に戻るべき場所だったのでしょうか。
無理が当たり前で、
体の違和感を無視して働いていた頃の自分。
稼げてはいたけれど、
余白のなかった生活。
今振り返ると、
戻ること自体が目的になっていた
気がします。
だから私は、
収入を“元に戻す”ことよりも、
壊れない状態を保つことを先に選びました。
お金は「頑張った証明」ではなかった
稼げない時間を経験して、
お金に対する見方が変わりました。
お金は、
頑張った証明でも、
価値の証明でもなく、
「生き残った結果」
なのだと思うようになりました。
今日、無理をしなかった。
今日は体を優先できた。
今日はちゃんと休めた。
その積み重ねの先に、
また働ける日が来る。
そう考えるようになってから、
「今、稼げていない」という事実に、
必要以上に振り回されなくなりました。
最後に
稼げない時間は、
確かに不安です。
でも、その時間があったからこそ、
お金を「追いかけるもの」ではなく、
「付き合い直すもの」として
見られるようになりました。
もし今、
思うように働けない。
収入が落ちて不安。
自分の価値まで下がった気がする。
そんな感覚を抱えている人がいたら。
今は、立ち止まっているだけで、
後退しているわけではありません。
壊れずにいることも、立派な前進だと、
私はこの時間から学びました。
