“普通に働ける前提”からこぼれたあと、自分で積み上げ始めた話
病気をしてから、
「働ける」という言葉の意味を、
以前より深く考えるようになりました。
たぶん昔の私は、
働ける = 普通に働ける
普通に働ける = 無理もできる
そんな感覚で考えていたと思います。
多少疲れても頑張る。
忙しい時期は残業する。
少し体調が悪くても、
「みんなやってるし」
と思って動く。
それが社会人として当たり前だと思っていました。
でも、病気を経験してから、
この2つは全く別の話なんだと気づきました。
「働ける」は、“以前と同じように働ける”ではなかった
術後しばらくして、
少しずつ動けるようになった頃。
「仕事はできそうですか?」
と聞かれることが増えました。
確かに、
完全に寝たきりではない。
パソコンも触れる。
短時間なら集中もできる。
だから、
“働けない”わけではありませんでした。
でも実際は、
数時間座るだけで痛みが強くなる。
一度無理をすると、
翌日に大きく反動が来る。
その状態で、
以前と同じように働けるかと言われると、
全く別の話でした。
でも当時は、
自分でもその違いをうまく説明できなかったんです。
社会は、「普通に働ける」ことを前提に作られている
病気をしてから感じたのは、
世の中の仕組みの多くが、
「普通に働けること」
を前提に作られているということでした。
週40時間働ける。
毎日安定して出勤できる。
多少無理しても継続できる。
そういう前提です。
もちろん、
制度上どこかで線引きが必要なのは分かります。
例えば、
障害認定もそうです。
私自身、
もしリハビリをせず、
足が動かない状態なら、
制度上は障害者だったかもしれません。
でも、
リハビリをして、
何とか動けるようになると、
今度は“健常者側”に入る。
ただ、
本人の感覚としては、
元通りではないんです。
かなり無理して、
何とか以前に近い生活をしているだけ。
でも社会から見ると、
「動けるなら働ける」
になりやすい。
このズレは、
病気を経験して初めて強く感じました。
「少しなら働ける人」が、一番こぼれやすい
完全に働けないわけではない。
でも、
以前のようには働けない。
短時間なら働ける。
条件が合えば働ける。
無理すると崩れる。
実際には、
そういう“中間”の人はかなりいると思います。
でも社会は、
働けるか。
働けないか。
この二択になりやすい。
だから、
「少しなら働ける人」が、
一番制度や社会設計からこぼれやすい気がしています。
私自身も、
まさにそこでした。
アルバイトだけで生きる難しさ
じゃあ、
アルバイトなら働けるんじゃないか。
そう思う方もいると思います。
実際、
アルバイトという働き方自体を、
私は否定していません。
生活の一部として、
非常に大事な働き方だと思っています。
ただ、
問題は、
“それだけで長期的に生活が成立するか”
なんですよね。
例えば、
・他の収入がある
・配当などを組み合わせる
・家族の支えがある
・貯金を切り崩している
・一時的な働き方として使う
こういう形なら、
成立するケースもあると思います。
でも、
税金や社会保険を払いながら、
アルバイト100%で長期的に生活を維持するとなると、
現実にはかなり厳しい。
そして難しいのは、
仮に体が回復したとしても、
そこから再び正社員として、
以前と同じ収入帯に戻ることが、
年齢やブランクの問題で、
簡単ではないということです。
もちろん、
特別な資格や専門性があれば別です。
でも一般的には、
一度レールから外れると、
戻すのはかなり難しい。
これは、
病気を経験して強く感じた現実でした。
AI時代の不安もある
私は、
経理や税務の経験があります。
だから、
完全に仕事がなくなるとは思っていません。
ただ一方で、
AIによるホワイトカラー業務の変化。
年齢。
ブランク。
体力の問題。
そういったものを考えると、
将来的に今より厳しくなる可能性も感じています。
昔のように、
「会社に戻れば何とかなる」
だけでは、
不安が残るようになりました。
だから、自分で積み上げ始めた
私がWordPressを始めた理由も、
そこにあります。
会社員として、
以前と同じように働き続けることに、
現実的な不安があった。
だから、
「何かを自分で作らないといけない」
と思ったんです。
もちろん、
すぐ結果が出る世界ではありません。
今でも、
正解が分からなくなることはあります。
でも、
“普通に働ける前提”
だけに人生を乗せることが、
自分には危険だと思いました。
だから今は、
無理して短期的に頑張るより、
少しずつでも、
自分で積み上げること。
止まりながらでも、
続けられる形を作ること。
そちらを意識するようになりました。
以前の自分から見れば、
遠回りに見えるかもしれません。
でも今は、
これが自分なりの、
“壊れずに生きる設計”
なんだと思っています。
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