病気のあと、仕事がないことよりも、仕事が来た日の方が怖くなりました。
本来なら、仕事があることはありがたいことです。
収入にもつながりますし、社会とのつながりも感じられます。
でも、ある時から、そんな風には思えなくなりました。
急ぎの依頼が入る。
夕方から夜まで作業をする。
その日は何とか終わらせることができる。
でも、翌朝になると、胸や背中に強い痛みが出て、体が動かなくなることがありました。
それでも、次の日も同じように仕事をしなければなりません。
そんな日が何度か続いた時、ふと思いました。
「生活のために働いているのに、逆に生活を壊しているのではないか」
と。
病気になる前の私は、仕事を受けること自体に不安を感じたことはありませんでした。
忙しいことはあっても、「どうやって終わらせるか」を考えるだけでした。
でも、病気のあと、その前提が大きく変わりました。
この記事では、なぜ仕事が来た日の方が怖くなったのか、そして、その不安とどう向き合い、働き方を見直していったのかについてお話しします。
仕事が怖かったのではなく、続けられるか分からないことが怖かった
病気になる前の私は、仕事を受けること自体に不安を感じたことはほとんどありませんでした。
忙しい時期はありました。
でも考えることは、
「どうやって終わらせるか」
だけでした。
できるかどうかを心配することはなかったのです。
ところが、病気のあと、その前提が崩れました。
昨日できたことが、今日もできるとは限りません。
午前中は調子が良くても、午後には痛みが強くなることもあります。
何もしていないのに、体が動かない日もあります。
そうなると、不安の種類が変わりました。
仕事そのものが怖いのではありません。
「続けられるか分からない状態で責任を負うこと」
が怖くなったのです。
生活のために働いているのに、生活が壊れそうになっていた
実際、会計の仕事については、
「いくらでもお願いする仕事はありますよ」
と言っていただいていました。
本当にありがたいことです。
仕事がないわけではありませんでした。
むしろ、やろうと思えば、もっと仕事を増やすこともできました。
でも、そこで悩みました。
急ぎの依頼が来ると、どうしても夕方から夜にかけて作業をしなければならない日もありました。
そうなると、一日の作業量は自分の体にとって完全にオーバーワークです。
作業をしている最中は、必死なので気付きにくいんです。
でも、終わった瞬間に、どっと疲れが出ます。
そして翌朝になると、体に強い痛みが出ることもありました。
それでも、次の日も同じような作業をしなければなりません。
ここまでくると、あることを考えるようになりました。
「生活のために働いているのに、逆に生活を壊しているのではないか」
というジレンマです。
会社員時代には、当たり前のようにできていたことが、今ではできなくなっていました。
もちろん、長時間労働を喜んでする人はいないと思います。
でも、仕事が重なる時は、対応せざるを得ない場面もあります。
ただ、今の私には、そのコントロールが難しかったのです。
だから、仕事を受ける量を極限まで減らすようになりました。
「できる」と「無理してできる」は、まったく違う
会計の仕事も、ブログ記事作成も、基本的にはパソコン作業です。
どうしても視神経が疲れます。
キーボードの入力作業が増えると、指先から肩にかけて筋緊張が起こります。
もちろん、休憩を取ったり、ストレッチをしたりもします。
でも、長時間の作業をすると、神経の痛みが強くなり、その日は我慢できても、翌日に痛みを持ち越すことがあります。
ここで、一つのことに気付きました。
やろうと思えばできる。
確かにできるのです。
でも、それは翌日も同じようにできて、初めて「できる」と言えるのだと思います。
私の場合は、できるのではありませんでした。
無理をして、やっていただけでした。
この経験を何度も繰り返すうちに、自分の限界が少しずつ見えてきました。
もちろん、日によって調子の良い日はあります。
でも、以前と同じ作業量ができるかというと、それは別の話でした。
仕事を減らした時間を、未来への投資に変えるようになった
以前の私は、仕事を時間で考えていました。
会社員時代は、9時から18時まで働き、その対価として給与をもらっていました。
どれだけ効率化しても、空いた時間には別の仕事が入ってきます。
成果給というより、時間給に近い感覚でした。
だから、
「仕事を断る=収入が減る」
という考え方が強くありました。
仕事を断ることは、機会損失だと思っていたのです。
でも、今は違います。
空いた時間を、未来の自分への投資時間だと考えるようになりました。
AIの使い方を学ぶこと。
作業効率を上げる方法を考えること。
新しい仕組みを作ること。
直近の収入は減るかもしれません。
でも、その時間が未来の選択肢を増やしてくれると思うようになりました。
実際、私は悲観していません。
同じやり方なら時間はかかります。
でも、作業効率を上げたり、AIを使ったりすることで、これまでかかっていた時間を短縮することはできます。
むしろ、この経験が、
「どうすれば早く終われるのか」
「どうすればAIをうまく使いこなせるのか」
そういったことに関心を持つきっかけになりました。
こうして少しずつ、「仕事を増やすこと」ではなく、「体調を前提に働き方を設計すること」を考えるようになりました。
以前のように、理想の働き方を先に決めるのではありません。
まず体の状態を確認し、その範囲の中で続けられる働き方を組み立てるようになったのです。
この考え方の土台については、こちらの記事で詳しく整理しています。
今は、休むことも仕事の一部だと思っている
以前の私は、朝から晩まで仕事をしていました。
休日も作業をしていることがありました。
でも、今振り返ると、効率的ではなかったと思います。
常に頭が仕事モードなので、休まる時間がありません。
考えているようで、実際にはあまり頭が使えていなかった記憶があります。
会社ごとにやり方があり、それに合わせることで時間がかかることもありました。
何も生まれない会議もありました。
今は、そういったことがありません。
作業時間は少なくなりましたが、やっている内容は、そこまで変わっていません。
むしろ、休むことで頭がクリアになり、新しい発想が出てくることも増えました。
私はリハビリのためにジョギングもしています。
日中にジョギングをしていると、サボっているように見えるかもしれません。
でも、意外と体も整いますし、健康的にもなります。
何より、頭がクリアになり、仕事の効率も上がります。
今の私にとって、休むことは仕事をサボることではありません。
働き続けるために必要な仕事の一部なのです。
仕事が来た日の方が怖かった理由
病気のあと、仕事がない不安は確かにありました。
でも、仕事が来た日の不安も、同じくらい大きなものでした。
それは、
「できるかどうか」
ではなく、
「続けられるかどうか」
が分からなかったからです。
病気を経験して、私が大切にするようになったのは、無理をして前に進むことではありません。
止まらずに続けることです。
遠回りに見えるかもしれません。
でも、今の私にとっては、それが一番現実的な働き方でした。
仕事を増やすことよりも、働き続けられることを優先する。
生活のために働くことが、生活を壊すことにならないようにする。
病気が教えてくれたのは、頑張り方ではありませんでした。
自分が続けられる範囲を知り、その中で働き方を設計することの大切さだったのだと思います。
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もし、
「仕事が来ること自体が怖くなった」
「続けられるかどうかが不安になった」
と感じているなら、働き方そのものを見直す前に、まずは体調を前提に働くという考え方を知ってほしいと思います。
私自身も、そこから働き方が大きく変わりました。
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