社会的成功への距離の取り方

正直に言うと、

他人と比べなくなったわけではありません。

SNSを見れば、
仕事で結果を出している人がいる。
収入を伸ばしている人がいる。
家や肩書き、分かりやすい「成功」を手にしている人もいる。

目に入れば、やはり思う。
「自分はどうなんだろう」と。

ただ、いつからか、
それを“追いかける”感じが、なくなっていました。

羨ましく思うことはある。
気になることもある。
でも、そこへ向かって無理に歩こうとはしなくなった。

今日は、その変化について書きます。

──比較はやめていない。でも、追わなくなった。

目次

比較は、自然に起きる

比較そのものを否定するつもりはありません。

人は社会の中で生きている以上、
比べてしまうのはごく自然な反応です。

問題は、
比較したあと、どこへ判断を預けているかだと思っています。

以前の私は、
比較した結果を、そのまま「正解」として受け取っていました。

  • 年収はいくらあるべきか
  • 何歳までに何を達成すべきか
  • どんな働き方が「成功」なのか

それらは、自分で決めた基準ではありませんでした。


成功を「外注」していた頃

今振り返ると、
私は長い間、成功の定義を外注していたのだと思います。

社会
業界
世間
SNS
「ちゃんとしている人たち」

そこにある基準を、
無意識のうちに借りてきて、
それに自分を当てはめようとしていました。

うまくいかないと、
「自分が足りない」と感じる。

疲れても、
「まだ努力が足りない」と思う。

この構図が、
ずっと続いていました。


病気が奪ったのは、勢いだった

病気と手術を経て、
一番変わったのは、能力でも環境でもありません。

勢いが使えなくなったことでした。

長時間働く。
無理をする。
多少の違和感は無視する。

そういったやり方が、
できなくなった。

すると、
これまで追っていた「成功ルート」そのものが、
現実的でなくなっていきました。


追えなくなった、ではなく、追わなくなった

最初は、
「もう追えないんだ」と思っていました。

でも、時間が経つにつれて、
感覚が少しずつ変わっていきます。

追えないから諦めたのではなく、
追わなくてもいいのでは、と思い始めた

理由は単純でした。

その成功像は、
今の自分の体・時間・生活と、
あまりにも噛み合っていなかったからです。


成功の定義を、手元に戻す

ここで初めて、
成功の定義を「自分の側」に戻す作業が始まりました。

  • 今日、無理をせずに過ごせたか
  • 家族と穏やかな時間を持てたか
  • 痛みと付き合いながら、仕事を続けられたか
  • 先の不安を、少しでも整理できたか

他人から見れば、
地味で、分かりにくい指標です。

でも、
今の自分には、確かに意味がある。

そう思えるようになった。


比較は残っている。でも、主導権は渡さない

今でも、比較はします。

ただし、
比較のあとに判断を外注しなくなりました。

「あの人はすごい」
→ でも、それを自分の進路に当てはめるかは別

「自分は遅れている気がする」
→ でも、遅れている“基準”はどこから来たのか

こうして、一度立ち止まるようになった。

それだけで、
心の消耗はずいぶん減りました。


社会的成功との距離は、人それぞれでいい

社会的成功を否定する気はありません。

それを目指して、
充実している人もいる。

ただ、
すべての人が同じ距離感で向き合う必要はない

近づく人
横に置く人
少し距離を取る人

どれも間違いではないと思っています。


おわりに

私は、
比較しなくなったわけではありません。

でも、
追わなくなった。

そして、
成功を「誰かに決めてもらう」ことを、
やめました。

今は、
自分の体と生活に合うペースで、
自分なりの指標を使って生きています。

それは、
分かりやすい成功ではないかもしれません。

でも、
今の自分には、ちょうどいい距離です。

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この記事を書いた人

会計事務所・事業会社で約20年、税務・経理の仕事に従事。
40代で脊髄腫瘍を経験し、手術とリハビリを経て現在はフリーランスとして働いています。

このブログでは
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について実体験をもとに発信しています。

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