病気や手術のあと、
「そのうち元の生活に戻れるだろう」
と思う人は多いと思います。
私もそうでした。
手術が終われば終わり。
リハビリを頑張れば元通り。
どこかでそう考えていました。
でも実際は違いました。
仕事はできる。
生活もできる。
でも、以前と同じようにはできない。
その現実を受け入れるまでには、かなり時間がかかりました。
今回は、病気後に以前と同じように働けないと感じたとき、私自身が経験したことを書いてみたいと思います。
退院後、仕事以前に普通の生活が大変だった
退院直前まで、私は歩行器を使って歩いていました。
そして退院の日。
病院の外へ出た時は、とても晴れ晴れしい気持ちでした。
久しぶりの外の空気。
久しぶりの街の景色。
ようやく家に帰れる。
そんな気持ちだったのを覚えています。
ただ同時に、不安もありました。
歩行器なしで歩くことが、とても怖かったのです。
今まで何とも思わなかった階段。
少しの段差。
人通りの多い道。
それらが急に危険なものに感じました。
特に怖かったのは横断歩道です。
信号が点滅すると、以前なら走って渡っていました。
でもその頃は急ぐことができません。
だから、信号が変わりそうなら最初から渡らない。
そんなことをしていました。
階段も必ず手すりを使う。
人混みでは人に先に行ってもらう。
電車では吊革や手すりがないと不安定になる。
ふらついて転びそうになったこともありました。
それまで私はフルマラソンやトレイルランニングをしていました。
長い距離を歩くことや走ることに苦労したことはありません。
それなのに、術後しばらくは1〜2km歩くだけで限界でした。
足のしびれや痛みもあり、歩くことそのものが大きな負担だったのです。
今振り返ると、仕事以前に生活そのものがリハビリだったのだと思います。
元気そうに見えることと、元通りになったことは違った
術後しばらくして、少しずつ体が動くようになりました。
リハビリも続けました。
その結果、周囲からは
「元気になって良かったね」
「もう普通に生活できるね」
と言われることも増えました。
もちろん悪気はありません。
むしろ励ましや応援の言葉です。
私自身も嬉しかったです。
ただ、その言葉を聞くたびに少し複雑な気持ちもありました。
なぜなら、その状態を維持するために多くのことを犠牲にしていたからです。
リハビリは続けている。
強い薬も毎日飲んでいる。
薬の副作用で眠気や立ちくらみ、吐き気、便秘が出ることもある。
大好きだったお酒もやめました。
食欲不振も続き、手術前より体重は7kgほど減りました。
長時間仕事をすると体が固まり、胸や背中の痛みが強くなる。
翌日に症状を持ち越すこともあります。
周囲から見れば元気そうに見える。
でも実際には、その状態を維持するために様々な工夫や努力を続けていたのです。
一番つらかったのは、理解されないことだった
手術の傷そのものは、時間とともに回復していきました。
でも後遺症として残った胸や背中、足の痛みは別でした。
薬が効く日もある。
ほとんど効かない日もある。
痛みが強い日は、一日中横になって過ごすこともありました。
私は何度も思いました。
「病巣は取ったのに、なぜこんなにつらいのだろう」
と。
痛みそのものもつらい。
でも、それ以上につらかったのは理解されにくいことでした。
法的な支援も十分受けられない。
見た目には分かりにくい。
説明しても伝わりにくい。
一時期は心療内科に相談しようと思ったこともあります。
しかし電話で病気や服薬内容を伝えると、対応が難しいと言われました。
その時は心が折れてしまい、
「もういいか」
と思ってしまいました。
今振り返ると、あの頃はかなり一人で抱え込んでいたと思います。
仕事はできる。でも以前と同じようにはできなかった
病気後、仕事そのものができなくなったわけではありません。
考えることはできます。
パソコンも使えます。
会話もできます。
でも、以前と同じようにはできませんでした。
数時間パソコンに向かうと、体が凝り固まり、胸や背中の痛みが強くなる。
小休憩やストレッチをしても追いつかない日がある。
神経障害性疼痛の薬による眠気で、気づいたら寝落ちしていたこともありました。
特に薬を変更した直後は、倦怠感や吐き気が強く、とても8時間勤務など考えられませんでした。
頭は働くのに体がついてこない。
それが病気後に感じた現実でした。
以前の私は、
「どんな仕事をするか」
を先に考えていました。
でも病気後は、
「どんな条件なら続けられるのか」
を先に考えるようになりました。
その考え方が変わった経緯については、こちらの記事で詳しく書いています。
フリーランスは理想ではなく現実的な選択だった
私がフリーランスになったのは、自由な働き方に憧れたからではありません。
今の体で続けられる働き方を考えた結果でした。
当時は週に何度も病院へ通っていました。
手術した病院。
リハビリ病院。
痛みの診察。
気づけば、病院へ通うこと自体が仕事のような生活になっていました。
そうした状況で、一般的な会社員として働くのは現実的ではありませんでした。
もちろん、フリーランスになったから安心というわけではありません。
収入は不安定です。
今も定期収入は十分とは言えません。
生活防衛資金があるうちに、何とか収入の基盤を作らなければならない。
そんな不安は今でもあります。
それでも、この選択を後悔しているわけではありません。
自分の体と向き合いながら、自分にできる範囲で働く。
今の私にとっては、それが最も現実的な選択だったからです。
そして何より、家族と過ごす時間は増えました。
病気になる前には見えていなかった大切なものにも気づくことができました。
まとめ
病気後に以前と同じように働けないと感じることは、決して珍しいことではありません。
私自身も、
「元に戻らなければ」
と考えていた時期がありました。
でも実際には、元に戻ることよりも、
今の体でどう生きていくか。
今の体でどう働くか。
その方が大切でした。
病気後の人生は、以前の人生の続きでありながら、少し違うルールで進んでいくような感覚があります。
だからこそ、以前の自分と比べ続けるのではなく、今の自分にできることを積み上げていく。
私は今も、その途中にいます。
「働ける」と「無理できる」は違うと気づいた経緯についてはこちら。
▶ 「働ける」と「無理できる」は違う|短時間なら働ける人が社会からこぼれやすい理由
病気によって働き方や生き方そのものが変わっていった経緯は、こちらの記事にまとめています。
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