無理を前提にしない働き方は、甘えではなかった

手術を終え、
仕事に戻ろうとしたとき、
最初にぶつかったのは「体力」でした。

6時間働けば、
翌日は動けない。

集中して作業を続けると、
その反動で神経痛が強くなり、
数日ぼんやりしてしまうこともありました。

以前の自分なら、
「慣れれば戻る」と思ったはずです。

でも今回は違いました。

何度試しても、
元のペースでは回らない。

そのとき、頭に浮かんだ言葉があります。

「甘えているのではないか」

もっと頑張れるのではないか。
気持ちの問題ではないか。
工夫が足りないだけではないか。
体を鍛えれば、なんとかなるのではないか。

そうやって、自分を疑いました。

目次

無理をしない=努力しない、ではない

無理をしない働き方は、
決して「楽をする」ことではありません。

むしろ逆でした。

・稼働時間を減らす
・収入の不安を受け入れる
・他人より遅く進む

これは、心理的にはきつい。

無理をする方が、
実は簡単です。

以前と同じように振る舞い、
限界まで働き、
倒れたら休む。

社会はその方が理解しやすい。

でもそれでは、
長期的に続きません。


「無理できる前提」が壊れた

病気で変わったのは、
体力だけではありません。

前提が変わりました。

「いつでも頑張れる」
「無理すればなんとかなる」
「根性で乗り切れる」

この前提が、使えなくなりました。

だから私は、
働き方を設計し直しました。

・時間で売らない
・余白を先に確保する
・体調を基準に予定を組む
・収入源を分散する

これは防御ではありません。

持続のための設計です。


「甘え」と言われる構造

日本社会は、
「頑張ること」を前提に回っている部分があります。

長く働ける人が評価される。
忙しい人ほど頼られる。
無理をしてでも仕事をこなすことが、美徳とされる。

その構造の中では、
無理をしない選択は、
消極的に見えるかもしれません。

でも私は思います。

無理を前提にしないことは、
責任放棄ではない。

むしろ、
自分の限界を認識し、
その中で最適化する行為です。

これは逃げではありません。

設計です。


働き方は、能力ではなく前提で決まる

無理できる人が強いのではなく、
無理できる「前提」を持っているだけかもしれない。

私はその前提を失いました。

だから、
違うルールで働くしかなかった。

それだけのことです。


いま振り返って思うこと

あのとき、
以前と同じ働き方に無理に戻ろうとしていたら、
おそらくどこかでまた身体を壊していたと思います。

体調に合わせて働き方を変えることは、
当時はとても勇気のいる決断でした。

収入も不安定になり、
周囲からどう見られるのかも気になりました。

それでも今、
手術から時間が経ち、
こうして働き続けられていることを思うと、

無理を前提にしない働き方は、
甘えではなかったのだと思います。

それは、

壊れないために選んだ
一つの設計でした。

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この記事を書いた人

会計事務所・事業会社で約20年、税務・経理の仕事に従事。
40代で脊髄腫瘍を経験し、手術とリハビリを経て現在はフリーランスとして働いています。

このブログでは
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について実体験をもとに発信しています。

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