「このままじゃ壊れる」と思って、仕事を辞めた

40代で“働く前提”が崩れたあと、生き方を選び直した話

今日は、半年位前に書いていた当時の内容を、
今の自分の視点からもう少し整理しながら書いてみようと思います。

当時の下書きには、かなり感情に近い場所で書いていました。

不安もあったし、整理もできていなかった。

だから今回は、
「なぜ、あの時“辞める”という判断に至ったのか」
を、もう少し構造的に振り返ってみたいと思います。

ただ、構造だけで語ると、
たぶんこの記事は“よくある人生論”になってしまいます。

実際にはもっと曖昧で、
もっと揺れていて、
もっと情けない感情もありました。

だから今回は、
当時の感覚も少し残しながら書いていきます。

目次

「このままじゃ壊れる」という感覚は、突然ではなかった

仕事を辞める直前、
私は毎日ギリギリの状態で働いていました。

表面上は、
普通に働いているように見えていたと思います。

仕事もしていた。

責任も持っていた。

改善提案もしていた。

周囲から見れば、
“ちゃんとやっている人”
だったかもしれません。

でも内側では、
かなり前から違和感が積み上がっていました。

朝起きた瞬間から疲れている。

休日も頭が休まらない。

常に「次にやること」を考えている。

休んでいても、
どこか罪悪感がある。

しかも当時の私は、
その状態を“異常”だと思っていませんでした。

むしろ、

「社会人ならこれくらい普通」

だと思っていたんです。


忙しい人ほど、“自分の異変”に気づきにくい

今振り返ると、
当時の私は、
かなり危ない状態だったと思います。

でも不思議なことに、
忙しい時ほど、人は自分を客観視できなくなるんですよね。

やることが次々入ってくる。

目の前の業務を処理する。

改善も求められる。

期待にも応えようとする。

すると、
“考える余白”がなくなっていく。

本当は疲れている。

本当は限界に近い。

本当は違和感がある。

でも、
立ち止まって考える時間がない。

いや、
正確には、

「考えないようにしていた」

のかもしれません。

忙しさって、
前に進んでいる感覚を作るんです。

でも実際には、
“壊れる方向に進んでいる”こともある。

これは、
病気を経験してから強く感じるようになりました。


「辞める」より、「壊れる方」が怖くなった

40代で仕事を辞める。

しかも、
次が決まっていない。

普通に考えれば、
かなり不安定な選択です。

家族もいる。

年齢的にも簡単ではない。

収入も止まる。

周囲から見れば、
無謀に見えたと思います。

実際、
私自身も怖かったです。

でも当時は、
転職の不安より、

「このまま続けたら、本当に壊れる」

という感覚の方が強かった。

ここって、
外からは見えにくい部分なんですよね。

辞める人を見ると、
周囲は「まだ頑張れたのでは」と思う。

でも本人の中では、
かなり前から限界信号が出ていることがある。

しかも真面目な人ほど、
限界ギリギリまで耐えてしまう。

私もそうでした。

“まだ頑張れる”

を繰り返した結果、
自分の感覚が分からなくなっていた。


病気によって、「頑張れば何とかなる」が崩れた

仕事を辞めた数カ月後、
脊髄腫瘍が見つかりました。

もちろん、
病気の原因が働き方だったとは思っていません。

でも、
あの頃の私は、
自分の体のサインをかなり無視していたと思います。

ずっと、

「多少無理しても何とかなる」

という前提で生きていました。

気合い。

根性。

責任感。

周囲への配慮。

社会人としての我慢。

そういうもので乗り切ってきた。

でも病気になって、
その前提が完全に崩れました。

手術。

入院。

リハビリ。

痛み。

痺れ。

集中力の低下。

長時間座れない日。

働きたいのに、
体がついてこない感覚。

この時初めて、

“人は、気合いだけでは動けない”

という現実を理解しました。


「普通に働ける」は、当たり前ではなかった

病気のあと、
一番苦しかったのは、
能力が落ちたことだけではありません。

“普通”が崩れたことでした。

以前は自然にできていたことが、
急に難しくなる。

座り続ける。

集中する。

通勤する。

疲労を回復する。

予定通り動く。

以前は、
そんなことを意識したことすらありませんでした。

でも、
体調が不安定になると、
人生設計そのものが変わるんですよね。

ここで初めて、
私は気づきました。

それまでの人生は、

「健康が続く」

ことを前提に組み立てられていたんだと。

会社員の働き方も、
社会の仕組みも、
多くは“安定して働ける人”を前提に作られています。

でも、
病気や後遺症を経験すると、
その前提自体が苦しくなることがある。

これは、
実際に崩れてみないと分からなかった感覚でした。


病気のあと、「積み上げ型の人生」が崩れた

20代、30代の頃の私は、
人生は積み上がっていくものだと思っていました。

経験を積む。

収入が増える。

キャリアが伸びる。

役職が上がる。

安定していく。

でも実際には、
人生って途中で止まることもある。

崩れることもある。

ゼロに近づくこともある。

病気って、
“人生の前提”を変えてしまうんですよね。

だから病気のあと、
私は一度、
人生設計を全部見直すことになりました。

働き方。

収入。

時間の使い方。

体力。

人との距離感。

優先順位。

全部です。


「正解」より、「壊れず続けられるか」を考えるようになった

以前の私は、
かなり“社会の正解”を追いかけていました。

年収。

安定。

キャリア。

肩書き。

一般的な成功。

でも病気のあと、
その基準で生きることが苦しくなりました。

だから今は、
考え方がかなり変わりました。

大事なのは、

「すごいかどうか」

ではなく、

「続けられるかどうか」

だと思うようになったんです。

無理なく続けられるか。

壊れず働けるか。

痛みが強い日でも回るか。

休める余白があるか。

以前より収入は不安定です。

将来の不安もあります。

フリーランスは、
決して楽ではありません。

でも、
“自分を押し潰しながら働く感覚”
は減りました。

これは、
私にとってかなり大きな変化でした。


生き方を変えると、「見る景色」も変わる

働き方を変えてから、
見えるものも変わりました。

子どもと過ごす時間。

朝の体調。

休める日の安心感。

無理しない働き方。

小さく積み上げる感覚。

以前は、
ずっと先を見ていた気がします。

もっと上へ。

もっと成果を。

もっと前へ。

でも今は、

「壊れずに続ける」

ことの価値を強く感じています。

これは、
あのまま走り続けていたら、
たぶん見えなかった感覚です。


違和感は、「弱さ」ではなくサインかもしれない

もし今、

「このままでいいんだろうか」

そんな違和感を抱えている人がいるなら。

その感覚を、
無理に消さなくてもいいのかもしれません。

すぐ辞める必要もない。

すぐ変わる必要もない。

でも、
“自分の感覚を無視し続ける”
ことだけは、
少し危険なのかもしれません。

私自身、
40代で生き方を選び直しました。

正直、
今でも不安はあります。

迷いもあります。

完成なんてしていません。

でも、
「あの時、自分の感覚を無視しなかったこと」
だけは、
本当に良かったと思っています。


おわりに

40代って、
昔は“もう遅い年齢”だと思っていました。

でも今は逆です。

40代は、

「このままで人生を終えたくない」

という感覚が、
現実として見え始める年齢なんだと思います。

病気を経験して、
私は強制的に立ち止まることになりました。

でも、
立ち止まったからこそ、
見えたものもありました。

もし今、
少しでも違和感を抱えているなら。

その感覚は、

「逃げたい」

ではなく、

「もう、自分を無視できなくなっている」

サインなのかもしれません。


🔗 関連記事

※✉個人的なご相談や非公開のご質問は、お問い合わせフォームからどうぞ。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

会計事務所・事業会社で約20年、税務・経理の仕事に従事。
40代で脊髄腫瘍を経験し、手術とリハビリを経て現在はフリーランスとして働いています。

このブログでは
・病気と働き方
・フリーランスという生き方
・人生の再設計
について実体験をもとに発信しています。

主なテーマ
・病気と回復
・働き方の再設計
・フリーランスの生活
・お金と生活防衛