回復途中という「宙ぶらりんの立場」の肯定

回復には、名前のつかない期間があります。

もう入院はしていない。
でも、元の生活に戻れたわけでもない。

他人から見れば「だいぶ良くなった人」。
自分の感覚では「まだ途中の人」。

このどちらにも完全には当てはまらない状態を、
私は長い間、どこか「中途半端な立場」だと感じていました。

でも今は、
この宙ぶらりんの立場そのものに、意味があると思っています。

目次

「治った」と言えない、でも「病人」でもない

回復が進むと、
周囲の言葉は少しずつ変わっていきます。

「もう大丈夫そうだね」
「元気になってよかったね」

悪気のない言葉です。
むしろ、励ましのつもりでしょう。

でもそのたびに、
自分の中で小さなズレが生まれました。

体は以前ほど動かない。
集中力も、持続力も、波がある。
無理をすると、後で必ず反動がくる。

それなのに、
「もう元に戻った前提」で話が進んでいく。

この感覚は、
回復途中の人にしか分からない宙ぶらりんだと思います。


社会は「白か黒か」で判断したがる

社会の仕組みは、分かりやすさを好みます。

・働ける/働けない
・健康/不健康
・復帰/未復帰

そのどれにも当てはまらない状態は、
制度や評価の外側に置かれやすい。

でも、現実の回復はそんなに単純ではありません。

一直線ではないし、
日によって状態は変わるし、
「昨日できたことが今日はできない」ことも普通に起こる。

それでも社会は、
どこかの線を越えた瞬間に“元通り”を求める

このギャップが、
回復途中の人を一番疲れさせます。


宙ぶらりんだからこそ、見えたもの

正直に言うと、
この立場は楽ではありません。

説明もしづらい。
理解もされにくい。
自分自身でも判断に迷う。

でも同時に、
この立場だからこそ見えたものもありました。

・無理をした結果が、すぐ体に返ってくる
・「できない」を前提に考える癖がついた
・時間の使い方に、異常なほど敏感になった

完全に元気な頃には、
ここまで自分の状態を観察することはなかったと思います。

宙ぶらりんは、
弱さの証明ではなく、調整力を育てる期間でした。


「途中」であることを、急いで終わらせなくていい

回復途中にいると、
早く結論を出したくなります。

もう働くのか、やめるのか。
前に戻るのか、変えるのか。

でも今は、
結論を保留する勇気も大切だと感じています。

宙ぶらりんの期間は、
次の形を探すための“余白”です。

無理に白黒をつけなくてもいい。
立場を確定させなくてもいい。

「まだ途中です」と言える状態を、
自分自身がまず肯定してあげる。

それだけで、
心と体の緊張はかなり緩みます。


回復途中は、失敗でも停滞でもない

何も決まっていない。
はっきりした答えもない。

それは、
止まっているように見えるかもしれません。

でも実際には、
内部では静かに調整が進んでいます。

体が、感覚が、価値観が、
次の形に向けて並び替えられている。

回復途中という宙ぶらりんは、
次に進むための準備状態です。

失敗でも、甘えでも、逃げでもない。


おわりに

もし今、
「どこにも属していない感じ」がしているなら。

それは、
あなたが遅れているからではありません。

移行中だからです。

回復途中という立場は、
不安定で、説明しづらく、評価もされにくい。

でも、
人生を組み替えるには必要な時間です。

宙ぶらりんのままでいい。
その状態を、終わらせなくていい。

私はそう思っています。


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この記事を書いた人

会計事務所・事業会社で約20年、税務・経理の仕事に従事。
40代で脊髄腫瘍を経験し、手術とリハビリを経て現在はフリーランスとして働いています。

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