以前の私は、将来のことを考えるのが比較的好きな方だったと思います。
今の会社で働き続けたら、どうなるのか。
次はどの役職を目指すのか。
給与はどのくらいまで上がるのか。
定年まであと何年あるのか。
40代後半になると、20代や30代の頃には見えなかったものが、少しずつ見えるようになってきました。
でも不思議なことに、将来が見えるようになるほど、安心したわけではありませんでした。
むしろ、
「このままでいいのだろうか」
と思うようになりました。
今振り返ると、あの頃の私は将来を見ていたのではなく、「今の先」を見ていただけだったのだと思います。
40代になると、会社員としての「先」が見えてきた
会社員として長く働いていると、自分の会社での将来はある程度想像できるようになります。
上司を見れば、数年後の自分の立場が見える。
給与体系を知っていれば、これからどのくらい収入が増えるのかも想像できる。
役職定年があるなら、その後の働き方も見えてきます。
経理という仕事をしていたこともあって、私は数字で考える癖がありました。
定年まであと何年なのか。
このまま働けば、これからどのくらい給与を受け取るのか。
もちろん昇進したり、役員になったりすれば変わります。
それでも、ある程度の範囲は見えてきます。
若い頃には遠くにあったはずの「会社員としてのゴール」が、40代になると急に現実的な距離に見えてきました。
それを安心と感じる人もいると思います。
でも私には、少し違って見えました。
どこか消化試合をしているような感覚があったのです。
仕事が嫌だったわけではありません。
責任のある仕事も任されていましたし、業務改善やシステム導入など、面白いと思える仕事もありました。
それでも、
「この先も基本的には同じルールの中を進んでいくのだろうか」
という違和感が残るようになりました。
違う未来を見ようとして、別の道を探した
そこで私は、新しいことを学び始めました。
Python。
R言語。
SQL。
統計学。
データサイエンス。
もともとは、Pythonなら業務改善やアプリ作成など、いろいろなことができそうだという興味からでした。
そこからデータサイエンスという分野を知り、統計を理解するために高校数学まで戻って勉強しました。
経理とは違う世界を見るのは面白かったです。
同時に、
「これを学べば、今とは違う仕事ができるかもしれない」
とも考えていました。
経理からデータ分析へ。
これまでとは違うスキルを使う仕事へ。
もっと新しい分野へ。
当時の私は、自分ではかなり大きく未来を変えようとしているつもりでした。
でも今振り返ると、変えようとしていたのは、主に仕事の中身だったのだと思います。
会社に所属する。
フルタイムで働く。
毎月給与を受け取る。
一つの仕事を中心に生活を組み立てる。
この前提は、ほとんど変えていませんでした。
つまり私は、
道を変えようとしていたけれど、地図そのものは変えていなかった。
経理の道を進むか。
データ分析の道へ進むか。
別の会社へ行くか。
選ぶ道は違っても、どれも同じ地図の上にありました。
病気になって、その地図自体が使えなくなった
ところが病気になって、その前提が大きく崩れました。
それまで私は、
「何の仕事をするか」
を中心に考えていました。
でも、体調に波があり、以前と同じように働くことが難しくなると、それより先に考えなければならないことが出てきます。
毎日決まった時間に働けるのか。
通勤を続けられるのか。
長時間座って仕事ができるのか。
体調が悪い日に予定を調整できるのか。
一日に何時間なら無理なく働けるのか。
どれだけ興味のある仕事でも、この条件に合わなければ続けるのは難しくなります。
そこで初めて、
仕事を変えることと、働き方の前提を変えることは違う
と気づきました。
以前は、
「次は何の仕事をするか」
を考えていました。
でも本当に考えなければならなかったのは、
「今の自分は、どんな条件なら働き続けられるのか」
だったのです。
職種を選ぶ前に、働き方そのものを考える。
これは、それまでの私にはほとんどなかった発想でした。
先が見えても不安だった。見えなくなっても不安だった
少し皮肉なのですが、会社員だった頃の私は、将来が見えてしまうことに息苦しさを感じていました。
10年後がある程度想像できる。
収入も想像できる。
働き方も想像できる。
だから、
「このままでいいのだろうか」
と思いました。
ところが会社を辞め、さらに病気を経験すると、今度は反対になりました。
10年後に何をしているのか分からない。
どのくらい働けるのかも分からない。
収入がどうなっているのかも分からない。
今度は、先が見えないことが怖くなりました。
先が見えても不安。
先が見えなくても不安。
随分勝手な話です。
でも、この両方を経験したことで、少し分かったことがあります。
私が欲しかったのは、
未来が見えることではなかったのかもしれない。
未来を自分で選べる感覚が欲しかったのだと思います。
選択肢を増やすだけでは、まだ足りなかった
新しいことを学んだことで、それまで知らなかった世界を見ることができました。
ただ、それだけでは変わらなかったものもあります。
当時の私は、選択肢が増えれば未来も広がると思っていたのかもしれません。
でも、いくら道を増やしても、そのすべてが自分には続けにくい働き方なら、選べる道は結局少なくなります。
だから必要だったのは、道を増やすことだけではありませんでした。
自分が当然だと思っていた地図そのものを、一度疑ってみること。
会社員でなければならないのか。
一つの仕事に決めなければならないのか。
フルタイムで働かなければならないのか。
収入は給与だけでなければならないのか。
病気になる前の私は、こうしたことをほとんど問いませんでした。
選択肢を探しているつもりでも、最初から選択肢の外に置いていたものがたくさんあったのです。
10年後の正解を当てなくてもいい
以前の私は、将来を考えるということは、
「10年後に何をしているのかを決めること」
に近いと思っていました。
どの会社にいるのか。
何の仕事をしているのか。
どのくらい収入があるのか。
だから、なるべく正しい道を選びたいと思っていました。
でも今は、10年後の正解を当てることは、それほど重要ではないと思っています。
そもそも10年もあれば、いろいろなことが変わります。
仕事も変わる。
技術も変わる。
家族の状況も変わる。
体調も変わる。
そして、自分自身の考え方も変わります。
私自身、10年前に今の生活を予想することはできませんでした。
だったら、10年後の仕事を今決め切るより、
そのときの状況に合わせて、もう一度選べる状態を作っておく。
その方が、今の私には現実的に思えます。
今の私は、10年後の職業を決めていない
今の私は、
「10年後はこの仕事をしています」
とは言えません。
以前なら、それをかなり不安に感じていたと思います。
今でも、不安がなくなったわけではありません。
ただ、無理に一つに決めなくてもいいとは思えるようになりました。
これまでやってきた会計の経験が、今後も役に立つかもしれない。
AIを使った仕事をしているかもしれない。
発信が今とは違う形につながっているかもしれない。
今はまだ知らない仕事をしているかもしれない。
反対に、今考えているものの中で、数年後にはやめているものもあると思います。
それでいいのだと思っています。
大切なのは、
今考えている未来を、そのまま実現することではない。
状況が変わったときに、
「では、今の自分ならどうするか」
ともう一度考えられることです。
将来を見るとは、「今の先」を見ることではなかった
以前の私は、一本の道の先をできるだけ遠くまで見ようとしていました。
この会社にいればどうなるのか。
この仕事を続ければどうなるのか。
このスキルを身につければ何になれるのか。
遠くまで見通せれば、安心できると思っていたのだと思います。
でも今は少し違います。
一本道の先を遠くまで見ることより、
途中で道を変えられるか。
その方が大切だと思っています。
体調が変わったら。
家族の状況が変わったら。
仕事が変わったら。
技術が変わったら。
そして、自分自身が変わったら。
そのときに別の道を選べるか。
私にとって将来を見るとは、
「今の延長線上にある未来を予測すること」から、「前提が変わったときにも選び直せる状態を作ること」へ変わりました。
だから、10年後に何をしているのかは、まだ分かりません。
でも以前より、
「分からないままでも、今できることはある」
と思えるようになりました。
未来を一つに決めるのではなく、変わったときに選び直せる余白を残しておく。
今の私にとっては、それも将来を考えることの一つです。
そして、この考え方は、
「働き方そのものを一つに決めなくてもいいのではないか」
という考えにもつながっていきました。
次は、
「働き方は、一つに決めない方が安心だった」
という話を書こうと思います。
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