痛みは、ある日突然ゼロになるものじゃありません。
手術が終わっても、
リハビリを重ねても、
生活が戻ってきたように見えても、
ふとした瞬間に、また顔を出す。
それは「治っていない」というより、
波のように付き合い続けるものなんだと、
今は思っています。
これは、
そんな痛みの波を抱えながら、
私が「働くこと」と向き合ってきた記録です。
「また今日も痛い」から始まる一日がある
朝目覚めると、ふと思うんです。
——ああ、また今日も痛い。
ベッドから起き上がる前にわかる日もあるし、
朝の家事を始めてから「あ、今日はダメだ」と気づく日もある。
毎日じゃない。
でも、ほぼ毎日痛みはやってくる。
この“波”が、私の人生をずっと揺らし続けています。
手術から時間が経った今でも、
痛みは完全に消えたわけじゃない。
むしろ、痛みの強い日と弱い日の差が大きくて、
「いい日があると期待してしまう」
「また痛みがぶり返すとガッカリする」
その繰り返し。
情けないと思う日もあります。
悲しくなる日も、正直あります。
でも、これが今の私の“現実”なんだと思っています。
働きたいのに働けない——その不条理さ
最近、痛みの波の影響が大きくて、
特に実感していることがあります。
「働きたいのに働けない」という不条理さです。
体力も気力も集中力も、
私は決してゼロではない。
できる日はできるし、
むしろその日は健常者以上に作業が進むこともある。
でも——
体調が悪い日は、もう何もできない。
納期がある仕事なんて本当に怖い。
フリーランスだから自由に見えるけれど、
体調が悪くても納期は待ってくれない。
他人の時間軸で動く仕事は、
痛みの波とは相性が悪すぎると、
やっと気づいたんです。
何度も思いました。
「やりかけの仕事を返したい。
返せないのがしんどい。」と。
いや……本当は、
“抱えていること”そのものが負担 なんです。
痛みが強い日の「終わらせなきゃ」というプレッシャーは、
身体と心を同時に削っていく。
弱さでも甘えでもなく、
限界のサインなんだと思うようになりました。
痛みに耐えながら働く人は、多くが仕事を失っていく
以前、ChatGPTに教えてもらった話があります。
神経疼痛を持つ人は——
- 仕事がきつくなる
- パート勤務になる
- それも続かなくなる
- 家族の扶養に入る
- 社会から離れていく
この“下り坂”に入りやすいと。
その話を聞いた時、
胸が苦しくなるほどわかりました。
私も、絶対に同じ道を辿ると思っていたから。
今でも油断すると、すぐそっち側に落ちてしまいそうになる。
だからこそ、
私はまだ恵まれているのかもしれない
と感じる瞬間もあります。
収入があるとか、能力があるとかじゃない。
ただ——
「まだ自分の未来を自分の手で選べる位置に立てている」
そう感じられることが、ありがたいと思う。
でもこれも、自分が頑張ってきた結果です。
痛みがあっても、
涙が出るほどしんどくても、
ゼロには戻らず、“積み上げてきた”から。
家族に迷惑をかけることもある。自分がイヤになる日もある。
痛みで動けない日、
私は家族に負担をかけています。
- 子どもと遊んであげられない
- 妻に家事を任せてしまう
- 外出もできない日がある
「ごめん」と言いながら横になる日もある。
正直、何度も自分が嫌になりました。
「なんでこんな体になったんだろう」
「なんで普通に働けないんだろう」
「なんで痛みって消えないんだろう」
そう思う日は、何度もありました。
でも、
家族は何も言わず、
私のペースを受け入れてくれる。
その優しさが嬉しくて、
情けなくて、
ありがたくて、
胸が締めつけられる。
だからこそ、自分のペースで生きられる仕事を選ぶべきだと気づいた
痛みが波のように押し寄せる体で、
「他人の時間軸」で働くことは無理なんです。
気づくまでに時間がかかったけれど、
最近ようやく腹の底から腑に落ちました。
だから、
私は決めました。
“自分でコントロールできる仕事だけをやる” と。
誰にも迷惑をかけず、
寝込んでも困らない仕事。
痛みの強い日にゼロ稼働でもいい仕事。
積み上がるほど未来が楽になる仕事。
——そう考えた時、
まっさきに浮かんだのがwordpress(WP)でした。
WPは、痛みの波を抱えながら生きる私にとっての「最善の働き方」
WordPressは、
体調の波と共に生きる私にとって、
ほとんど理想に近い働き方です。
- 自分のペースで進められる
- 体調が悪ければ休んでいい
- 未来のストックになる
- 横になりながらでも書ける
- 判断も責任も全部自分に返ってくる
- 他人の時間軸で動かなくていい
- 誰にも迷惑かけない
これは、痛みを抱えた私にとって
“身体に合った働き方” なんだと思います。
情けなさや悲しさがゼロにはならないけれど、
その感情を全部抱えた上で進める。
だからこそ、続けられる。
私と同じ痛みを抱えている人へ
この文章を読んでくれているあなたへ。
私はあなたを励ます資格なんてありません。
痛みは人それぞれで、
苦しさも違うし、
私が感じているものがあなたと同じとは限らないから。
でも——
もしあなたが、
「自分だけがつらい」と思っているなら、
それだけは違います。
私もつらいし、
私も波があるし、
私も何度も心が折れかけてきたし、
私も痛みに何度も負けそうになっています。
それでも、
積み上げられるものがひとつでもあれば、
人生は少しずつ変わっていくと信じています。
私は、痛みと共に生きながら、
自分の働き方を探し続けています。
あなたが孤独じゃないように、
その道を、ここに書き続けます。
最後に
私は強くなんかないし、
痛みも、情けなさも、苦しさも、
まだ全部抱えたままです。
でも、
ゼロにならないなら、
それを抱えたまま生きていく方法を探すしかない。
その過程を、
私はWPに残していくつもりです。
痛みがあっても、
波があっても、
それでも進める働き方があるということを証明できるように。
これは私のためでもあり、
同じ痛みに苦しむ誰かのためでもあります。
