手術が終わり、
検査の結果も安定し、
腫瘍は完全に摘出できたと説明を受けました。
ただ、後遺症として
痛みやしびれ、麻痺が残っていることもあり、
「順調ですね」と言われるような状況ではありませんでした。
命に関わる病気ではありませんでした。
けれど、
身体の機能を大きく失う可能性は、現実としてありました。
それは、たしかに
医学的には一区切りついた状態だったと思います。
けれど、
その頃の私は、どこかでこう思っていました。
——でも、前の自分には、戻っていない。
今日は、
その違和感について書こうと思います。
これは医学的な話ではありません。
「病気が治ったあとに、人生がどうズレたか」の話です。
「回復した」という言葉が、少し遠く感じた理由
回復していることは、分かっていました。
入院は終わった。
検査結果も問題ない。
治療としては、一区切りついている。
それなのに、
「回復した」と言われるたび、
心のどこかで引っかかるものがありました。
それは不満ではありません。
感謝もしています。
ただ、
自分の感覚と、その言葉が一致していなかった。
医学的回復と、社会的回復は別物だった
あとから分かったことがあります。
それは、
- 医学的回復
- 社会的回復
この2つが、
まったく別の軸だということです。
医学的には、
「治療が終わった」「安定している」。
けれど社会は、
そこから先を、こう解釈します。
= 元に戻った
= 以前と同じようにできる
= もう配慮はいらない
でも、
実際はそう簡単ではありませんでした。
体は動く。でも、前と同じではない
たとえば体力。
以前なら、
「今日はちょっと無理したな」で済んだことが、
翌日、はっきりと体に返ってくる。
集中力も、持続時間も、
回復前とは違う。
「できるか、できないか」ではなく、
できるけれど、代償がある。
この“グレーゾーン”が、
いちばん説明しづらかった。
周囲の期待と、自分の実感のズレ
周囲は、悪気なく言います。
「もう大丈夫そうだね」
「順調でよかったね」
その言葉に、
否定する理由はありません。
でも同時に、
自分の中では、こう感じていました。
期待されている自分と、
実際の自分が、少しずつズレていく。
このズレは、
誰かに説明しようとすると、
かえって自分が面倒な人になる気がしました。
だから、多くの場合、
黙るしかなかった。
「戻る」ことを目標にすると、苦しくなる
回復後、
無意識に、こう考えていた時期があります。
元に戻らなきゃいけない。
前と同じようにやらなきゃいけない。
でも、その前提自体が、
自分を追い詰めていました。
戻れないのではなく、
もう、同じ場所には立っていない。
そう気づいたとき、
少しだけ楽になりました。
回復とは、終点ではなく「分岐点」だった
今は、こう考えています。
回復とは、
元に戻るための通過点ではなく、
別の設計に進むための分岐点
だったのだと。
体の使い方。
時間の使い方。
働き方。
人との距離感。
すべてを、
前提から組み直す必要があった。
それをせずに
「戻ろう」とすれば、
どこかで必ず無理が出る。
おわりに
「回復したのに、しんどい」
そう感じている人は、
何かが足りないわけでも、
甘えているわけでもありません。
ただ、
回復と再設計を、同時に求められているだけです。
この違和感を言葉にできるかどうかで、
その後の生き方は、大きく変わります。
そして、
この違和感を通ってきた人だけが、
次の判断を、静かに選べるようになる。
私は、そう思っています。
