以前の私は、将来のことを考えていなかったわけではありません。
「もっと上の役職に就きたい。」
「収入を増やしたい。」
「新しい知識を身につけたい。」
そんな目標は、いつも持っていました。
でも今振り返ると、それは「今の延長線上にある未来」を考えていただけだったように思います。
病気を経験して気づいたのは、将来を見るということは、「今の先」を考えることではないということでした。
本当に見るべきだったのは、その未来が成り立つ前提だったのです。
毎日を終わらせることが、仕事になっていた
会社員時代は、とにかく毎日が忙しく過ぎていきました。
朝出社すると、その日の予定を立てます。
「今日はこの仕事を終わらせて、少し早く帰ろう。」
そう思っていても、午後になると急ぎの依頼が入り、予定は簡単に崩れてしまいます。
気が付けば夕方。
また新しい仕事が積み重なり、結局帰るのは遅い時間になる。
そんな日が何度もありました。
もちろん、将来のことを考えていなかったわけではありません。
でも現実は、今日の仕事を終わらせることで精一杯でした。
「将来のために勉強しよう。」
そう思っても、家に帰れば疲れて何もできない。
将来を考える時間はあっても、将来を設計する時間はほとんどなかったように思います。
私は、頑張ることより「仕組み」を変えたかった
何度か転職しましたが、どの会社でも共通して感じていたことがありました。
それは、人が疲弊していることです。
仕事量が多いというよりも、やり方に無駄が多い。
昔作られたExcelが、そのまま何年も使われている。
少しフォーマットを変えるだけでデータ連携ができるのに、「今までこの形だから」という理由で変更できない。
その結果、毎月同じ数字を手入力し、目視で確認し、入力ミスがないか何度もチェックする。
私は何度も思いました。
「この仕事、本当にこのやり方で続ける必要があるんだろうか。」
ある会社では、外部システムを導入して業務を見直す提案をしました。
もちろん初めての経験です。
本当にうまくいく保証はありませんでした。
それでも挑戦した理由は、とても単純でした。
疲弊している部員が、少しでも早く帰れるようになれば。
その一心でした。
業務フローを書き直し、本来自部門で行う必要のない仕事は適切な部署へ戻し、マニュアルを作り、全社への説明も行いました。
結果として、業務は以前よりシンプルになり、負担も減りました。
今思えば、この経験が今の私の考え方の土台になっています。
私は昔から、「もっと頑張る方法」ではなく、「頑張らなくても回る仕組み」を考えることの方が好きだったのです。
正しいことが、必ず採用されるわけではない
もちろん、会社を否定したいわけではありません。
組織には組織の事情があります。
一人の正しさだけでは動きません。
他部署との兼ね合い。
コスト。
リスク。
今までの慣習。
いろいろなものを考慮した上で判断されます。
だから、「この方法の方が効率的です」と提案しても、採用されないこともあります。
そのとき私は思いました。
正しいかどうかだけではなく、「組織として回るか」が重要なのだと。
だから現場では、その場を乗り切る対応になることも少なくありませんでした。
でも心のどこかでは、いつも同じことを考えていました。
「根本を変えない限り、この問題はまた起こる。」
40代になって、違う不安を感じるようになった
30代は、とにかく知識と経験を増やすことだけを考えていました。
残業も気にしませんでした。
仕事を覚えることが楽しかったからです。
でも40代になると、景色が変わります。
部下を育てる。
責任も増える。
管理もしなければならない。
その一方で、自分の仕事も減りません。
プレイングマネジャーとして業務をこなしながら、管理も行う毎日でした。
何百件ものデータを確認する。
確かに、チェックするスピードは速くなります。
でも、ある日ふと思いました。
「この作業を続けて、本当に自分の価値は上がっているんだろうか。」
見るスピードは速くなる。
でも、それだけではないか。
さらに、自分より年上の社員を見ていると、役職定年で給与が下がっても仕事内容は変わらない人もいました。
退職が近づき、「退職したら何をしようかな」と話している人もいました。
数年後には、自分もそこに立つ。
そう考えたとき、このままで終わりたくないという気持ちが強くなりました。
AIも少しずつ仕事の形を変え始めていました。
私が怖かったのは、AIそのものではありません。
変化する時代の中で、自分自身が変化できなくなることでした。
学び直しは、未来を変えるためだった
そこで私は、会社を辞め、新しい分野へ挑戦することを決めました。
学んだのはデータサイエンスです。
統計学。
Python。
R言語。
実は、一番苦労したのは数学でした。
文系だった私は、高校数学からやり直しました。
大学数学の問題集も買い、一つずつ理解しながら進めました。
正直、大変でした。
でも、新しいことを学ぶのは本当に楽しかった。
Pythonでプログラムを書き、データを分析し、シミュレーションを動かす。
「こんな世界があるんだ。」
毎日そう思っていました。
当時は、「PythonができればAIの仕事もできる」と思っていました。
実際にはそんなに簡単ではありませんでした。
それでも、学んだことは無駄ではありません。
新しい分野を学ぶことで、物事を見る視点そのものが変わっていったからです。
人生は、思い描いた通りには進まなかった
学校を卒業する頃、背中に強い痛みが出始めました。
足にも痺れが出てきて、学校へ行けない日もありました。
その後、手術、入院、リハビリ。
ようやく新しいスタートラインに立てると思っていた矢先でした。
そのときは、働き方なんて考えられませんでした。
正直、仕事なんてどうでもいい。
生きるだけで精一杯。
そんな時期もありました。
でも少しずつ回復し、体調と付き合いながら生活できる日が増えてきました。
そこで改めて考えました。
会社員に戻る。
アルバイトをする。
在宅で働く。
一つひとつ考えました。
でも、どれも「今の体で長く続けられるか」という視点で考えると、不安が残りました。
だから私は、自分の働き方そのものを一から設計し直すことにしました。
知り合いから会計の仕事をいただき、以前から続けていた投資による配当も土台にしながら、自分の経験や考えを積み重ねていく発信にも取り組み始めました。
どれか一つに依存するのではなく、体調の波があっても続けられる形を少しずつ作る。
それが、今の私が目指している働き方です。
将来を見るとは、「前提」を見ることだった
昔の私は、「今」を続けた先に将来があると思っていました。
でも病気を経験して分かったことがあります。
前提が変われば、その未来は成り立ちません。
だから今は、
「この前提は、この先も続くだろうか。」
ということを最初に考えます。
健康。
働き方。
収入。
時間の使い方。
もし、それらの前提が変わったとしても続けられるだろうか。
その問いから未来を考えるようになりました。
振り返れば、会社員時代に業務改善へ取り組んでいた頃も、私は目の前の作業ではなく、「仕組み」を見ようとしていました。
病気になって変わったのは、その視点を仕事だけでなく、自分自身の人生にも向けるようになったことです。
将来を見るとは、「今の先」を考えることではありません。
未来でも成り立つ前提を考え、今日の選択を積み重ねていくこと。
私は今、それが本当の意味で将来を見ることなのだと思っています。
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