病気をしてから。
周囲との感覚が、少しずつ変わっていきました。
人間関係が壊れたわけではありません。
嫌いになったわけでもない。
でも、どこか話が噛み合わない。
同じ会話をしているはずなのに、
自分だけ違う場所にいるような感覚がありました。
それは、病気そのものよりも、
その後に起きた変化だったのかもしれません。
病気をして、手術をして、リハビリをして。
少しずつ元の生活に戻ると思っていました。
でも実際は、
戻るというより、
前とは違う人生が始まった感覚でした。
今回は、周囲とのズレを感じた時に、
自分が何を考えていたのかを書いてみます。
会社員として戻るつもりだった
私は、病気が見つかる前に会社を辞めていました。
その頃は、新しいスキルを身につけて、
また会社員として働くつもりでした。
少し遠回りしても、
また社会に戻ればいい。
そんな感覚でした。
だから、病気が見つかった時も、
ショックはありましたが、
「治療して回復すれば戻れる」と思っていました。
手術。
リハビリ。
通院。
術後半年くらいで、
ある程度戻れると思っていました。
その頃は、
まだ「戻る前提」で考えていました。
回復してきたのに、不安が強くなっていった
体は少しずつ回復していました。
歩けるようになった。
外に出られるようになった。
日常生活も戻ってきた。
でも、そこで違和感が出てきました。
長時間座ると痛い。
集中すると体が固まる。
少し無理すると、数日引きずる。
その頃から、
「働けるかどうか」ではなく、
「続けられるかどうか」が気になり始めました。
働けないわけではない。
でも、同じようにはできない。
その感覚が、少しずつ現実味を帯びてきました。
仮に会社員として戻ったとして。
定期的な通院。
体調不良。
急な休み。
それを抱えながら、
組織のペースで働くことができるのか。
正直、難しいと思いました。
融通が利く職場だったとしても、
毎回都合よく休めるとは限りません。
「今日は痛いから休みたい」
それを何度も言えるのか。
そう考えると、
働くこと自体より、
働き続けることの方が怖くなりました。
仕事を探すというより、自分の限界を探していた
そこから、
少しずつ考え方が変わりました。
会社に戻るではなく、
自分にできる働き方は何か。
正直、何をすればいいのか分かりませんでした。
収入も減るだろうと思っていました。
そもそも、
仕事として成立するのかも分からない。
でも、体調を無視した働き方だけは無理だと思いました。
時間の制限。
場所の制限。
納期の重さ。
そういうものを考えながら、
少しずつ、自分にできる仕事を狭めていきました。
今思えば、
仕事を探していたというより、
自分の限界を探していたのかもしれません。
「ここまでならできる」
「これ以上は崩れる」
そういう感覚を探りながら、
生活を組み直していました。
自分本位と言われれば、
そうだったと思います。
でも、病気のあと。
私は初めて、
「社会に合わせる」より、
「壊れないこと」を優先しました。
同級生の話が苦しかった
同級生と会うと、
昇給した。
賞与が増えた。
出張でどこどこに行った。
そんな話を聞くことがありました。
悪意なんてありません。
普通の会話です。
でも、その頃の私は、
正直つらかった。
「自分は何をしているのだろう」
そう思うことがありました。
周囲は前に進んでいる。
でも、自分は止まっている。
そんな感覚がありました。
レールから外れると、
思った以上に戻れません。
それを、自分の人生で初めて感じました。
焦りもありました。
不安もありました。
でも、それ以上に、
言葉にできない孤独感がありました。
制度にも救われなかった
制度についても調べました。
何か使えるものはないか。
何件も病院に確認しました。
でも、私の症状では対象外。
そう言われることもありました。
その時は、
かなり苦しかったです。
「なぜあの人は助けられて、自分は違うのか」
そんなことを考えた時期もありました。
正直、自暴自棄に近かったと思います。
病気になった。
働けない。
制度も使えない。
じゃあ、どうすればいいのか。
かなり追い込まれていたと思います。
でも、そこから少しずつ思うようになりました。
制度で助けられないなら、
自分で何とかするしかない。
そう考えるしかありませんでした。
前向きだったわけではありません。
納得したわけでもありません。
ただ、そうしないと前に進めなかった。
それだけだったと思います。
働くことが、どうでもよくなった時期
その頃。
働くことが、どうでもよくなった時期がありました。
大学を出たら働く。
仕事をする。
それが当たり前だと思っていました。
でも、痛みの中で生活していると、
考え方が変わっていきました。
生きるだけで精いっぱいなのに。
なぜ働くことを優先しないといけないのか。
体が限界なのに。
なぜ普通に戻ることを求められるのか。
そう思うようになりました。
働くことが人生の中心だった。
でも、それが崩れた時。
初めて、
「働くことありき」で自分を考えていたことに気づきました。
まず、体があること。
生きていること。
その上に仕事がある。
順番が逆だったのかもしれません。
社会との距離を感じるようになった
ただ、自分がそう思っても、
社会は変わりません。
働いていないと、
不自由なことが増えます。
クレジットカード。
賃貸契約。
ローン。
病気で苦しんでいるだけではなく、
社会的な扱いも変わる。
その感覚はありました。
自分の価値観で生きようとしても、
どこか社会から外れた場所にいる気持ちになる。
理解されないというより、
同じ前提で話せない。
それが、周囲とのズレだったのかもしれません。
まとめ|ズレてしまったのではなく、見える景色が変わった
病気をすると、
考え方が変わります。
働き方。
時間。
健康。
人生。
以前と同じ感覚ではいられなくなる。
だから、周囲とのズレを感じることがあります。
でも、それは悪いことではないと思っています。
何かを失ったというより、
見える景色が変わった。
その方が近い気がします。
今でも、不安はあります。
本当にこれでいいのか。
分からない時もあります。
でも、今の自分にできることを、
少しずつ積み上げていく。
結局、それしかできない。
そして、それでいいのだと思っています。
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