無理に頑張る父親より、“ちゃんと休む父親”のほうが家族に優しい理由

父親は“頑張るもの”。
弱音は吐かない。
家族のために働き続ける。
倒れるまで踏ん張る──。

私も長いあいだ、そんな価値観で生きてきました。

でも、病気を経験し、働き方を手放し、家族との時間を取り戻す中で、
ゆっくりと気づいていったことがあります。

「無理をして頑張る父親より、ちゃんと休める父親の方が、家族はずっと安心できる」

「無理をして頑張る父親より、ちゃんと休める父親の方が、
家族はずっと安心できる」

そう気づくまでに、私はかなり遠回りをしました。

目次

「無理して頑張る父親」が当たり前だった時代に生きてきた

私はずっと、
“無理して働くのは当たり前”
だと信じていました。

親の背中もそうだったし、
私の世代は「熱があっても来い」「とにかく働け」と言われる時代でもありました。

働き方とは根性の問題で、
休むことは迷惑、悪いこと──。

そんな空気の中で社会に出てしまったので、
自分がどれだけ疲れていても、
「家族のためだから」と無理を続けるのは、むしろ正義だと思っていました。


疲れた父親は、どうしても家の中で“余白”を失ってしまう

夜遅くまで働き、フラフラで帰宅する。
家族と話す気力もなく、ただ座っているだけ。

「仕方ない」「疲れてるんだから当然」
そう思っていました。

でも、実際には──

  • 家族の話を聞く余裕がなくなる
  • イライラしやすくなる
  • 表情が暗くなる
  • 休日は寝るだけで終わる

本人は“当たっているつもり”がなくても、
その空気は家族に伝わります。


私の転機:仕事を辞め、リスキリング中に病気が発覚した

ここからが、私の大きな転機です。

私は会社員を辞め、
新しいスキルを身につけるために学校へ通い始めました。

ちょうど卒業が近づく頃──
体の痛みがMAXになり、歩くのもつらい日が続きました。

それでも当時の私は、
「やらなきゃ」「行かなきゃ」と、
痛みに耐えて通い続けていました。

学校を卒業し、これから働き始めるぞ、というタイミングで
病気が発覚しました。

その後すぐに手術。
術後もしばらくは会社員として働ける状態ではなく、
できる日は知り合いの経理の仕事を “少しだけ” 手伝う。
そんな日々でした。

だからこそ言えます。

私は、病気が見つかった後も休めなかったのではなく、
“休むしかない状況になって、初めて自分の無理に気づいた” のです。


無理をすると、結局いちばん傷つくのは家族だった

痛みに耐えながら無理をして生活すると、
どうしても態度に出ます。

  • 動きが荒くなる
  • 声にトゲが乗る
  • 余裕がない
  • 子どもと向き合えない

私は家族に当たっているつもりはありませんでした。
でも、「態度で傷つけている」という事実に気づいたとき、
胸が締めつけられるようでした。

家族は一度たりとも、私に無理して働いてほしいなんて言っていなかった。

私が勝手に“父親の正解”を決めつけ、
家族が本当に求めている幸せから遠ざかっていたのです。


在宅で働くようになったら、子どもの表情が変わった

術後は体調を見ながら、
在宅でフリーランスとして働くようになりました。

すると、子どもがこう感じ始めたんです。

  • 保育園から帰るとおとうさんがいる
  • 今日何をしたの?と話しかけてくれる
  • すぐそばにおとうさんがいることが当たり前になる

たった数分の会話や、
ちょっとした遊びでも、
子どもはすごく嬉しそうでした。

以前の私は、
子どもが寝てから帰る生活で、
“父親として関われる時間はゼロに近かった”。

あの働き方のままだったら──
きっとこの変化に一生気づかなかったと思います。


時間で働く働き方では、痛みを抱える私は“人以上に働く必要”があった

フリーランス初期、私は時間労働で働いたことがあります。
けれど、体調の波がある私にとって、
「稼ぐためには普通の人以上に働く必要がある」
という厳しい現実にすぐ直面しました。

これは、そのまま家族の時間を削ることを意味します。

──この働き方は長く続けられない。

そう確信し、家族の時間を守るためにも、
今は“資産型の働き方”へ少しずつ舵を切っています。

働き方を手放して初めて、自分がどれだけ“休むことに不慣れだったか”を痛感しました。


私の世代は“休む=悪”という価値観で染みついていた

就職氷河期世代の私は、
休むことに罪悪感を抱くよう教育されてきました。

  • とりあえず来い
  • 気合でなんとかしろ
  • 迷惑をかけるな

そんな環境で「休む」なんて発想自体がなかった。

でも、
税理士事務所時代に多くの会社を見て気づきました。

無理をさせる会社は、人も続かないし、会社も続かない。
人が元気な会社は伸びる。

家庭もまったく同じです。


手術後も続く痛み。そんな私を支えたのは、家族の“そっとした優しさ”だった

手術しても、私の痛みはゼロにはなりませんでした。

後遺症の痛み・しびれ・麻痺。
日によって痛み方が違い、
横にならないと耐えられない日もあります。

「今日、痛い…」と声に出してしまう日もあります。

本当はご飯を作ったり、家事をしたい。
でも体がどうしても動かない日もある。

そんな私を、
妻は何も言わず、責めることもなく、
ただそっと見守ってくれています。

ここで言いたい“支えてもらう”とは、

  • 家事や生活を代わってもらうことではなく
  • 私の“弱さ”をそのまま受け止めてくれる
  • 心が崩れないように寄り添ってくれる

そういう“心の支え”としての支えです。

私はその優しさに救われています。


まとめ:休む父親は弱い父親ではない。家族を守る父親だ。

私は長いあいだ、
休むことは弱さだと思っていました。

でも違いました。

休める父親ほど、家族を守れる。
休める父親ほど、家族に優しい。
休める父親ほど、長く幸せに生きられる。

“無理して頑張る父親”より
“ちゃんと休める父親”のほうが、
家族の安心をつくる。

今の私は心からそう思います。

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この記事を書いた人

会計事務所、事業会社で税務・経理の仕事に従事していました。
40代で脊髄腫瘍になり、手術・リハビリをしつつ、現在はフリーランスで仕事をしています。