できなくなったことで、手放したもの

「できなくなった」

その言葉を受け入れるまでに、
思っていた以上に時間がかかりました。

失ったものばかりに目が向いていた時期を過ぎて、
ふと振り返ってみると、
いつの間にか手放していたものがありました。

それは、
自分を追い立てていた基準や、
当たり前だと思っていた考え方でした。

これは、
できなくなったことで見えてきた、
小さな転換の記録です。

目次

できなくなったから、見えたものがあった

「できなくなった」

この言葉は、できれば使いたくなかった言葉です。

体調の変化をきっかけに、
以前と同じようには動けなくなりました。

集中力が続かない日がある。
思った以上に疲れが残る日がある。
昨日できたことが、今日はできないこともある。

できなくなった、という事実を
頭では理解していても、
気持ちが追いつかない日が続きました。

それでも、時間が経つにつれて、
ひとつずつ気づいたことがあります。

できなくなったことで、
自然と手放していったものがあった

ということです。


手放したもの①「常に全力でいようとする姿勢」

以前の私は、
「やれるなら、やる」
「余力があるなら、もう一段積む」
そんな感覚で動いていました。

それが普通だと思っていましたし、
そうしなければならないような気もしていました。

でも、できなくなった今、
全力を出し続けることが
必ずしも良い結果につながらないと、
体を通して知るようになりました。

・今日はここまでにしておく
・これ以上やると、あとが崩れる
・余力を残すことも、大切な判断

そう考えるようになってから、
無理に自分を追い込むことが減っていきました。


手放したもの②「過去の自分と同じ基準で測ること」

いちばん苦しかったのは、
過去の自分と今の自分を比べ続けていた時間だったと思います。

以前の自分なら、
もっとできた。
もっと早かった。
もっと余裕を残して動けていた。

そう感じてしまう場面が、何度もありました。

でも、あるときふと、
「前と今では、条件が違う」
という当たり前のことに立ち止まりました。

環境も、体も、使えるエネルギーも違う。
それなのに、同じ物差しで測っていた。

そこに気づいてから、
比較そのものを、少しずつ手放せるようになりました。


手放したもの③「役に立っていないと居場所がない、という不安」

以前の自分は、
無意識のうちに
「何かの役に立っていないと、居場所がなくなるのではないか」
そんな不安を、自分に向けていた気がします。

誰かに言われたわけではありません。
責められた記憶があるわけでもありません。

ただ、
「役に立つかどうか」を基準に、
自分の立ち位置を確認し続けていたように思います。

でも、動けない時間が増えたことで、
その考え方が、少しずつ揺らぎ始めました。

役に立てないと感じる時間と、
人としての価値は、
必ずしも同じではないのではないか。

そう考えるようになりました。


何もしていないように見える時間にも、意味があった

動けない日が増えたことで、
否応なく、考える時間が生まれました。

・なぜ、そこまで「役に立つこと」にこだわっていたのか
・何を失うのが、いちばん怖かったのか
・本当は、どんな生き方を守りたかったのか

以前の私なら、
「考えている暇があったら手を動かせ」
そう言っていたと思います。

でも今は、
その時間があったからこそ、
人生の土台を見直すことができたと感じています。

何も生み出していないように見える時間が、
実は、足元を作り直している時間だった。

今は、そう思えています。


生産性と存在価値を、切り離す

少しずつ、
自分の中の基準が変わっていきました。

・今日は何を生み出したか
ではなく
・今日は無理をしなかったか

・役に立てたか
ではなく
・自分を壊さずに過ごせたか

生産性を完全に手放したわけではありません。
ただ、それを
自分の存在価値と結びつけるのをやめた
という感覚です。

この切り替えは、
一気にできたものではありません。

それでも、
「役に立たなくても、ここにいていい」
そう思える瞬間が、少しずつ増えていきました。


手放した先で、残っていたもの

不思議なことに、
考え方が変わってくると、
少しずつ、また動けるようになりました。

焦らなくなった分、
できる範囲を正確に把握できる。

無理をしない分、
結果的に、続けられる。

以前のようなスピードではありません。
即戦力とも言えないかもしれません。

それでも、
今の自分なりに担える役割はある。

そう思えるようになりました。


最後に

できなくなったことで、
私はいくつかのものを手放しました。

それは、
何かを諦めたというよりも、
壊れない生き方へ切り替えた結果だったのだと思います。

今も、これが最適解かどうかは分かりません。
それでも、
今は、この距離感で、
自分と付き合っていこうと思っています。

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この記事を書いた人

会計事務所、事業会社で税務・経理の仕事に従事していました。
40代で脊髄腫瘍になり、手術・リハビリをしつつ、現在はフリーランスで仕事をしています。