20代から会社員として働くことに違和感があった|40代になって初めて分かったこと

20代の頃から、会社員として働き続けることに、どこか違和感がありました。

とはいえ、当時から人生について深く考えていたわけではありません。

毎日会社へ行けば、毎月決まった日に給与が入る。

土日は休み。

休日になれば、買い物に出かけたり、テーマパークへ遊びに行ったり、近場へ旅行したりする。

それなりに楽しく過ごしていました。

むしろ若い頃の私にとっては、将来のことより目の前の給与の方が大切でした。

遊びに行くにも、お金は必要です。

定年後にどうするのかなんて、まだ遥か先の話でした。

それでも、ときどき思うことがありました。

「この生活を、この先もずっと続けていくのだろうか。」

会社が嫌だったわけでも、仕事を辞めたかったわけでもありません。

だから、自分でも何に引っかかっているのか分かりませんでした。

40代になった今なら、少しだけ言葉にできます。

私は、自分の時間を使って働き続けた先に、何が残るのか分からなかったのだと思います。

目次

給与をもらい、休日を楽しむ。それでも何かが引っかかった

会社員として働いていると、一週間には一定のリズムがありました。

平日は会社へ行って仕事をする。

休日になれば、自分の時間を楽しむ。

そして月曜日になれば、また会社へ行く。

もちろん、それが悪いわけではありません。

仕事をするから給与が得られ、その給与があるから生活も休日も楽しめます。

ただ、毎日を満足して生きているというより、

「働いて、その対価として給与をもらっている」

という感覚が、どこかにあったのだと思います。

今なら「自分の時間を売っている感覚」と表現するかもしれません。

でも、20代の頃にそんな言葉で考えていたわけではありません。

もっと漠然と、

「この繰り返しの先に何があるのだろう」

と感じていた程度でした。

仕事を続ければ、本当に何かが積み上がるのか

仕事を続ければ、経験は増えていきます。

知識も増えます。

昨日できなかったことが、できるようになることもあります。

一方で、

「この知識は、いつまで使えるのだろう。」

という疑問もありました。

私が携わってきた仕事は、知識をアップデートし続ける必要があります。

制度もルールも変わります。

勉強を続けていれば使える知識でも、アップデートをやめれば、いつか古くなる。

毎日仕事をして、経験も知識も増えている。

それなのに、

「この先、自分には何が残るのだろう。」

そんな疑問が、ぼんやりとあったのかもしれません。

それでも20代では、目先の給与の方が大切だった

こう書くと、20代の頃から将来を見据えて働き方を考えていたように見えるかもしれません。

実際は、そんなことはありませんでした。

何十年も先の将来より、毎月入ってくる給与の方がずっと現実的でした。

友人と遊ぶ。

買い物をする。

旅行へ行く。

そのためには、お金が必要です。

違和感はあっても、会社を辞める理由にはならない。

そもそも、会社員以外に何をすればいいのかも分かりませんでした。

だから私は、そのまま会社員として働き続けました。

40代になると、遠かった将来が近くなった

その後、税理士事務所で経験を積み、一般企業の経理へ移り、管理職として働くようになりました。

できる仕事は増えました。

知識も増え、責任のある仕事も任され、収入も増えていきました。

会社員としてのキャリアは、少しずつ積み上がっていたと思います。

ところが40代になると、20代では遠すぎた将来が、急に現実味を帯びてきました。

「このまま経理として働き続けて、本当に大丈夫なのだろうか。」

「今持っている知識は、10年後にも価値があるのだろうか。」

「会社を離れたとき、自分には何が残るのだろう。」

今、仕事があることと、10年後にも働けることは違います。

会社の中で評価されることと、会社を離れても同じように価値を出せることも違います。

そこで初めて、20代の頃からあった違和感が、少しずつ言葉になっていきました。

会社員が不安だったのではなく、将来が見えなかった

振り返ってみると、私は会社員という働き方そのものに違和感を持っていたわけではなかったのだと思います。

会社員だったからこそ経験できた仕事はたくさんあります。

組織の中で働いたから身についたこともあります。

不安だったのは、その環境がこの先も続くことを、どこかで前提にしていたことでした。

毎月給与が入る。

会社の中に仕事がある。

自分の役割がある。

それらは確かに安心につながります。

でも、会社を離れたらどうなるのか。

その問いに、自分なりの答えを持っていませんでした。

20代の頃に感じていた違和感の正体は、もしかすると、

「今は大丈夫。でも、この先も大丈夫なのだろうか」

という、将来への不安だったのかもしれません。

40代になって、ようやく準備を始めた

40代になってから、私は少しずつ将来への準備を始めました。

その一つが、生活防衛資金です。

会社を辞める直前になって準備したのではありません。

まだ普通に会社員として働いている頃から、

「もし会社を離れても、すぐに次の仕事を選ばなくていい状態を作っておきたい」

と考えるようになりました。

そして、会社の外でも使えるものを増やしたいと思い、最終的には会社を辞めてデータサイエンスを学ぶことを選びました。

もちろん、それで将来が安泰になる保証などありません。

実際、その後の人生は考えていた通りには進みませんでした。

それでも、「会社員として今うまく働く」だけではなく、その先を考えて動き始めたことは、20代の頃との大きな違いでした。

今は「何を得るか」だけでなく、「何が残るか」を考える

今は、ブログを書いたり、新しいことを学んだり、小さなツールを作ってみたりしています。

それがすべて仕事になるとは思っていません。

収入につながるかどうかも分かりません。

それでも、自分で学び、自分で作ったものは残ります。

少なくとも、

「今日は何時間働いたから、いくらになった」

だけではない時間の使い方です。

20代の頃は、働いた先に何が残るのか分かりませんでした。

40代になった今も、明確な答えがあるわけではありません。

ただ、

「この時間を使ったあと、自分に何が残るのか」

を考えて時間を使うようにはなりました。

20代の頃に感じていた違和感への答えは、もしかすると、それだけなのかもしれません。

もし今、

「仕事に大きな不満はない。でも、このままでいいのだろうか。」

そう感じているなら、すぐに答えを出す必要はないと思います。

私自身、その違和感が何だったのか分かるまでに20年以上かかりました。

今は言葉にできない感覚でも、何年か経って振り返ったとき、

「あのとき感じていたのは、こういうことだったのか」

と分かることもあるのだと思います。


🔗 関連記事

※✉個人的なご相談や非公開のご質問は、お問い合わせフォームからどうぞ。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

会計事務所・事業会社で約20年、税務・経理の仕事に従事。
40代で脊髄腫瘍を経験し、手術とリハビリを経て現在はフリーランスとして働いています。

このブログでは
・病気と働き方
・フリーランスという生き方
・人生の再設計
について実体験をもとに発信しています。

主なテーマ
・病気と回復
・働き方の再設計
・フリーランスの生活
・お金と生活防衛