40代になってから、もう一度高校数学を勉強することになるとは思っていませんでした。
私は中学生までは数学が好きでした。
でも高校では文系に進み、数学はほとんど勉強しなくなりました。
正確には授業では勉強していたのでしょうが、今となっては何をやったのかほとんど覚えていません。
自分の中では、高校数学はかなり早い段階で「捨てた科目」に近かったと思います。
その後、私は税理士事務所や企業の経理など、長い間数字を扱う仕事をしてきました。
会計も数字を扱います。
決算書も数字です。
Excelも日常的に使っていました。
それでも、高校数学を改めて勉強する必要を感じたことはありませんでした。
そんな私が40代になって、
高校数学の本を買い、家に帰って微分や積分を勉強する。
そんなことになるとは、自分でも想像していませんでした。
きっかけは、データ分析と統計学を学び始めたことでした。
統計を学ぼうとしたら、数学まで戻ることになった
データ分析を学ぶ学校では、単に分析ツールの使い方だけを教えていたわけではありませんでした。
統計学を学ぶと、その背景に数学があります。
微分や積分など、高校時代の私がほとんど理解しないまま通り過ぎてきたものも出てきます。
もちろん、統計分析をするだけなら、すべての数式を自分で計算できなくても仕事はできます。
Excelに数字を入れる。
分析ツールを使う。
プログラムを実行する。
今ならAIにデータを渡して分析させることもできます。
決められた式に数字を入れれば、結果は出てきます。
でも学校では、その結果だけを見るのではなく、
「なぜ、その結果になるのか」
という元の考え方まで学びました。
そこには理由がありました。
ExcelでもAIでも、出てくる答えが必ず正しいとは限らないからです。
計算式そのものが間違っているかもしれない。
データの与え方が間違っているかもしれない。
分析方法の選び方がおかしいかもしれない。
それでも画面には、それらしい数字が表示されます。
根本を理解していなければ、その数字がおかしいこと自体に気づけないことがあります。
これは私にとって、とても納得できる考え方でした。
「答えが出る」と「理解している」は違う
考えてみると、これは私がそれまで仕事で感じてきたこととも似ていました。
経理の仕事でも、
「この数字をここへ入力する」
という手順だけ覚えることはできます。
でも私は、それだけではどこか気持ち悪さが残るタイプでした。
なぜ、この処理をするのか。
この数字はどこから来たのか。
この処理をすると、最終的にどこへ反映されるのか。
そこまで理解できて、初めて自分の中でつながります。
統計学も同じでした。
公式に数字を入れれば答えは出せる。
Pythonに計算させても答えは出る。
Excelでも計算できる。
AIなら、もっと簡単に答えを返してくれるかもしれません。
でも、
答えを出せることと、その答えを理解していることは違います。
そして、これはAIが身近になった今ほど重要になっているように感じます。
AIがそれらしい分析結果を出したとき、
「AIがそう言っているから正しい」
で終わってしまえば、間違いにも気づけません。
私は数学を学び直す中で、計算そのもの以上に、
出てきた答えを判断するためにも、元の考え方を知っておく必要がある
ということを学びました。
分からないから、高校数学の本を買った
とはいえ、私は高校数学をほとんど覚えていません。
学校で統計学の背景にある数学を説明されても、簡単には理解できませんでした。
そこで学校が終わって家に帰ってから、高校数学の本を買って勉強しました。
高校数学だけでは理解できず、大学で扱う数学まで必要になることもありました。
当然、難しい。
本を読んでも、
「何を言っているのか分からない」
ということもありました。
そんなときはYouTubeなどで、同じ内容を別の説明で勉強しました。
一つの説明で分からなければ、別の説明を探す。
それでも分からなければ、さらに手前まで戻る。
40代になってから、高校生が勉強する内容を一つずつやり直していました。
でも、不思議と嫌ではありませんでした。
むしろ高校時代とは、勉強に対する感覚がまったく違いました。
学生時代と違ったのは、「自分で選んだ勉強」だったこと
高校時代の勉強には、どこか「やらされている」という感覚がありました。
学校へ行く。
授業がある。
テストがある。
だから勉強する。
数学を勉強していても、
「これを将来、何に使うのだろう」
と思うこともありました。
ところが40代で数学をやり直したときは違いました。
誰かに、
「高校数学を勉強しなさい」
と言われたわけではありません。
統計を理解したい。
そのためには数学が必要だ。
だから、自分で本を買って勉強する。
同じ数学でも、学ぶ理由がまったく違います。
学生時代は、
「これを覚えないといけない」
だったものが、
大人になってからは、
「これを知りたい」
に変わっていました。
私はこのとき、学ぶ内容だけではなく、学ぶ側の自分も変わっていたことに気づきました。
それでも、データサイエンティストにはなれなかった
では、高校数学から学び直し、統計学やPythonを勉強した結果、データサイエンティストになれたのか。
私はなれませんでした。
勉強していくほど、データサイエンティストという仕事に必要なものの多さも見えてきました。
数学を少し勉強した。
統計を勉強した。
Pythonが使えるようになった。
それだけで簡単になれる仕事ではありません。
特に40代後半から、実務未経験でその世界へ入っていくことの難しさも感じました。
でも、だからといって、
「数学や統計を勉強した時間は無駄だった」
とは思っていません。
ここが、大人になってから学び直したことで、私の中で大きく変わったところです。
以前なら、勉強したことが仕事にならなければ、
「何のために勉強したのだろう」
と考えていたかもしれません。
今は、そうは思わなくなりました。
学んだことは、そのまま仕事にならなくてもいい
私はもともと、純粋なデータ分析だけをやりたかったわけではありません。
それまで長く経験してきた経理や会計と、データ分析を組み合わせることにも興味がありました。
会社の基幹システムには、たくさんのデータがあります。
売上。
原価。
在庫。
商品。
顧客。
さまざまな数字が蓄積されています。
そうしたデータを取り出して分析し、会社の経営判断に使えないか。
以前から扱ってきた会計の数字を、別の角度から見ることはできないか。
また、Pythonを使えば、それまで人が手作業でやっていた経理業務を効率化できるのではないか。
そんなことも考えるようになりました。
つまり、40代からの学び直しは、
それまでの自分を捨てて、新しい職業の人になることだけが答えではなかった
のです。
経理や会計をやってきた経験は消えません。
会社の業務を見てきた経験もあります。
そこへ、
数学。
統計。
データ分析。
Python。
という新しい知識が加わる。
すると、それまで持っていた経験の使い方まで変わってきます。
学び直しは、「何かになるため」だけのものではなかった
社会人になってから勉強すると、どうしても成果を求めたくなります。
資格を取る。
転職する。
年収を上げる。
新しい仕事に就く。
もちろん、それも学ぶ目的の一つです。
私自身も、データ分析やPythonを勉強し始めたときには、新しい仕事につなげたいという思いがありました。
でも、実際には思い描いた通りにはなりませんでした。
それでも学んだものは残りました。
データを見るとき、
「この数字はどうやって出てきたのだろう」
と考える。
分析結果を見たとき、
「なぜこの方法を使っているのだろう」
と考える。
AIが答えを出したときも、
「本当にそうなのか」
と一度考える。
そして分からなければ、自分が理解できるところまで戻る。
高校数学をやり直したことで身についたのは、公式そのものより、こうした考え方だったのかもしれません。
40代の学び直しは、過去を捨てることではない
40代になると、新しいことを勉強するときに、
「今さら始めても遅いのではないか」
と考えることがあります。
私自身、40代後半から未経験でデータサイエンティストになることの難しさを感じました。
年齢による現実はあります。
だから、
「何歳から始めても、何にでもなれる」
とは私は思っていません。
でも、
「その仕事になれなかったら、勉強した意味がない」
とも思いません。
むしろ40代以降の学び直しでは、それまで20年、30年と積み上げてきたものがあります。
私なら経理や会計でした。
そこを全部捨ててゼロから競争するのではなく、
これまで持っているものに、新しい知識を掛け合わせる。
その方が、自分にしかないものを作れる可能性があります。
これは、実際に学び直してみなければ気づかなかったことでした。
学び直しとは、自分をもう一度組み直すことだった
振り返ってみると、私は高校数学を勉強すること自体が目的だったわけではありません。
統計を理解したくて、そのために数学まで戻りました。
そして数学を学び直したからといって、そのままデータ分析の仕事に就けたわけでもありません。
それでも、あのとき学び直してよかったと思っています。
なぜなら、
自分がこれまで持っていた経験に、新しいものの見方を加えることができたからです。
経理しか知らなかったところに、データ分析という視点が加わる。
Excelだけだったところに、Pythonという選択肢が加わる。
人が出した数字を見るだけではなく、その数字がどう作られたのかを考えるようになる。
AIが答えを出してくれるようになっても、その答えをどう判断するかを考える。
学び直しとは、過去の自分を否定して、まったく別の人間になることではありませんでした。
今まで積み上げてきたものを残したまま、新しい知識を加えて、自分をもう一度組み直していくこと。
それが、40代で高校数学からやり直した私が感じた「学び直し」の本当の価値です。
そして私はこのあと、Pythonも学びました。
当時は、
「Pythonを学べば、AIの仕事にも近づけるのではないか」
と思っていました。
でも、実際に学んでいくと、それもまた私が思っていたほど単純な話ではありませんでした。
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