「いくらあれば安心か」を考えても不安が消えなかった理由

「あといくらあれば安心できるのか」

そう考えたことはないでしょうか。

貯金が増えれば安心できる。
収入が上がれば不安はなくなる。

私も、そう思っていました。

でも実際は、
ある程度お金が増えても、不安は消えませんでした。

むしろ、

「本当にこれで足りるのか?」

という気持ちは、
前より強くなっていったように思います。

これは、病気に限った話ではありません。

親の介護、子育て、働き方の変化、
精神的な不調や将来への不安。

何かをきっかけに、
それまでの前提が崩れたとき、

同じように「安心の基準」が揺らぐことがあります。

私の場合は、たまたまそれが病気でした。

この記事では、
そうした“前提が崩れたとき”に見えてきたものとして、

なぜ「いくらあれば安心か」という問いを
考えなくなったのかを整理してみたいと思います。

目次

「いくらあれば安心か」と考えていた頃

以前の私は、
「あといくらあれば安心できるのか」をずっと考えていました。

貯金が○○万円あればいいのか。
年収が○○万円あればいいのか。
資産が○○万円あれば不安は消えるのか。

数字を積み上げていけば、
いつか“安心できる地点”に到達できると思っていました。

でも実際は、
その地点に近づいても、不安は消えませんでした。

むしろ、こう考えるようになります。

「本当にこれで足りるのか?」


不安は「金額」ではなく「前提」から生まれていた

ある時気づいたのは、
不安の正体はお金の金額ではなかったということです。

不安は、
「今の前提が崩れたらどうなるか」という想像から生まれていました。

たとえば、

  • 働けなくなったらどうするか
  • 収入が止まったらどうするか
  • 体調が崩れたらどうなるか

こういった前提がある限り、
いくらお金を積み上げても、不安は消えません。

なぜなら、

前提が崩れた瞬間に、
その金額が意味を持たなくなる可能性があるからです。


病気が「安心の前提」を壊した

手術と、その後の後遺症。

この経験は、
私の中にあった「安心の前提」を一度壊しました。

  • 働けば収入は得られる
  • 頑張れば回復できる
  • 継続すれば安定する

そう思っていたものが、
そうとは限らない現実に変わりました。

実際に、

働きたくても働けない日がある。
集中できない時間がある。
思った通りに体が動かないこともある。

この状態を経験すると、
「いくらあれば安心か」という問いそのものが
成立しなくなっていきます。

この感覚は、病気に限らず、
介護や子育てなど“前提が崩れる経験”をした人には共通するものだと思います。


資産形成はゴールではなく、ときに“足かせ”になる

ここまで「前提」の話を書いてきましたが、
もう一つ、私の中で大きく変わった考えがあります。

それが、

資産形成はゴールではなく、ときに“足かせ”になるという感覚です。

以前の私は、
「お金を増やすこと」が正解だと思っていました。

老後資金、NISA、資産運用。
できるだけ早く、できるだけ多く。

そうやって積み上げていけば、
安心に近づくと思っていたからです。


「貯めること」に縛られていた時期

20代後半になると、
将来への不安から「貯めなければ」という意識が強くなりました。

そこからは、
貯金や投資を優先するようになっていきます。

無理に我慢していたわけではありませんが、
どこかで「減らしたくない」という意識は強くなっていたと思います。

資産は、ゆっくりと増えていきました。


守ることが、選択を狭めていく

資産を持つと、安心は生まれます。

でもその安心は、やがてこう変わっていきます。

  • 減らしたくない
  • 失いたくない
  • 崩したくない

その結果、

やりたいかどうかよりも、
その支出がどれだけ抑えられるかを
判断の基準にしていたように思います。

大きく我慢していた感覚はありませんでしたが、
気づかないうちに「お金を使わない方」を選ぶことが増えていました。

守ることを優先するほど、
選択肢は少しずつ狭くなっていきます。

「安心のためにやっていたことが、いつの間にか不安を増やす行動になっていた」

そのことに気づいたとき、
「いくらあれば安心か」という問い自体が、少しずつ意味を持たなくなっていきました。


病気が教えてくれたこと

そして、病気を経験したときに強く思いました。

お金があっても、やりたいことができなければ意味がない。

未来のために備えていたつもりでも、
その未来は一瞬で変わることがあります。

先送りしていた経験や時間は、
あとから取り戻すことはできませんでした。


「資産に縛られない」という選択

だからこそ私は、
資産に縛られすぎない生き方を選ぶようになりました。

  • 収入を減らしてでも体を優先する
  • 投資の一部を使って経験に変える
  • 将来だけでなく、今のためにも使う

結果として、
数字だけを見れば減っている部分もあります。

でも、
それ以上に得られたものがありました。


数字ではなく「構造」で考えるようになった

その代わりに考えるようになったのが、
「どんな状態でも崩れにくい構造を作ること」です。

たとえば、

  • 収入源を一つに依存しない
  • 体調に合わせて働き方を変えられるようにする
  • 完全に止まらない収入の流れを少しでも作る

これは、金額を増やすというよりも、
「崩れ方をコントロールする」という考え方です。

収入がゼロになるリスクを減らす。
負担が大きすぎる働き方を避ける。
回復できる余白を残しておく。

そういった積み重ねの方が、
実感としての安心につながるようになりました。


「安心」はゴールではなく状態だった

昔は、安心は“到達するもの”だと思っていました。

でも今は違います。

安心は、
ある金額に到達した結果ではなく、
日々の状態の積み重ねだと感じています。

  • 無理をしていないか
  • 続けられる形になっているか
  • 想定外が起きても崩れないか

こういった状態が整っているとき、
自然と不安は小さくなっていきます。

逆に、

どれだけお金があっても、
無理をしていたり、依存度が高かったりすると、
不安は消えません。


いくらあれば安心かを考えなくなった理由

結局のところ、
私がこの問いを手放した理由はシンプルです。

その問いに、答えがなかったからです。

正確には、

「どんな前提で生きているか」によって
答えが変わってしまう問いだったからです。

だから今は、

いくらあるかではなく、
どういう状態で生きているかを重視するようになりました。


最後に

もちろん、お金は大切です。

生活を支えるために必要ですし、
選択肢を増やすためにも重要です。

ただ、それだけで安心が手に入るわけではない。

むしろ、

安心は「構造」と「前提」から生まれる。

そう考えるようになってから、
「いくらあれば安心か」を考える時間は、自然と減っていきました。


👉 働き方の前提が変わった理由については、こちらで整理しています
働き方を選ぶ前に、体調を前提に置くようになった

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この記事を書いた人

会計事務所・事業会社で約20年、税務・経理の仕事に従事。
40代で脊髄腫瘍を経験し、手術とリハビリを経て現在はフリーランスとして働いています。

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について実体験をもとに発信しています。

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