体調が不安定でも仕事を続けるための設計

──「頑張り続ける」以外の選択肢を持つということ

体調が安定しない状態で働く、というのは
単に「しんどい」という話ではありません。

今日は動けるか。
この痛みは悪化しないか。
予定を入れていいのか、断るべきか。

日々の判断が、すべて体調とセットになる。

私自身、病気と手術を経験してから、
「以前と同じように働く」という選択肢が、現実的ではなくなりました。

それでも、
働くことを完全にやめるという判断も、簡単にはできなかった。

だから考えるしかなかったのです。

どうすれば、
体調が不安定でも「仕事を続けられる状態」を作れるのか。

この記事では、
気合や根性論ではなく、
体調の波を前提にした“働き方の設計”について書いていきます。

目次

「体調が回復したら元に戻る」という前提を手放す

多くの場合、
病気や不調のあとには、こんな言葉がかけられます。

「治ったら、また元に戻れるよ」

でも実際には、

  • 完全に元通りにはならない
  • 波のある状態が続く
  • 良い日と悪い日の差が大きい

というケースも少なくありません。

このとき一番つらいのは、
「元に戻る前提」で設計された働き方を続けようとしてしまうことです。

・毎日同じ時間
・同じパフォーマンス
・同じ責任の重さ

体調が不安定な状態で、
この前提を守り続けるのは、かなり無理があります。

まず必要なのは、
「元に戻す」ではなく、
「今の状態に合う形を作り直す」という発想でした。


体調を「例外」にしない

体調不良を、

  • 今日はたまたま
  • もう少し我慢すれば
  • 気のせいかもしれない

こう扱っているうちは、
働き方はいつまでも不安定なままです。

私の場合、途中から考え方を変えました。

体調が不安定なのは「例外」ではなく「前提」

この前提に立つと、
設計すべきポイントがはっきりします。

  • 毎日100%を出さなくていいか
  • 50%でも回る仕組みになっているか
  • 今日は何もできなくても破綻しないか

体調を無視するのではなく、
体調を前提条件として組み込む

これが、最初の設計でした。


「止まっても致命傷にならない仕事」を持つ

体調が不安定な状態で一番怖いのは、
一度止まると、すべてが崩れる働き方です。

  • 出社できない=収入ゼロ
  • 納期を落とす=信用喪失
  • 代わりがいない仕事

これは、常に緊張状態を生みます。

そこで意識したのが、

止まっても、すぐに詰まない仕事構造

たとえば、

  • 在宅で完結する仕事
  • 時間をずらしても成立する作業
  • 多少ペースが落ちても許容される契約

「完璧に続ける」よりも、
「細くても続く」形を優先しました。


収入源を一つにしない

体調が不安定なとき、
収入が一つしかない状態は、
精神的な負荷がとても大きくなります。

少し無理をしてしまう理由も、
多くはここにありました。

だから私は、

  • 労働収入
  • 少額でも積み上がる収入
  • 即効性はなくても継続性のあるもの

を、意識的に分けて考えるようになりました。

どれも大きくなくていい。
でも、一本切れても終わらない状態を作る。

これは「攻め」の話ではなく、
完全に「守り」の設計です。


「今日は何もしない日」をあらかじめ許可する

体調が不安定な人ほど、
休むことに罪悪感を持ちがちです。

でも、
無理をした結果、数日動けなくなるなら、
それは本当に得なのか。

私は途中から、

  • 何もしない日がある
  • 横になるだけの日がある
  • 仕事に触れない日がある

これを、設計の一部として組み込みました。

頑張れない日があるのではなく、
「頑張らない日が最初から入っている」。

この違いは、想像以上に大きかったです。


おわりに|続けるために、設計する

体調が不安定でも仕事を続ける、というのは、
決して美談ではありません。

根性論でも、努力論でもない。

ただ、

  • 続けたい
  • 生活を守りたい
  • 自分を壊したくない

そのために、
仕組みを考え続ける必要があっただけです。

もし今、

  • 体調と仕事の両立が苦しい
  • このまま続けられる気がしない
  • でも、簡単にはやめられない

そう感じているなら。

「もっと頑張る」ではなく、
「どう設計し直すか」という視点を、
一度持ってみてほしいと思います。

🔗関連記事

※✉個人的なご相談や非公開のご質問は、お問い合わせフォームからどうぞ。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

会計事務所、事業会社で税務・経理の仕事に従事していました。
40代で脊髄腫瘍になり、手術・リハビリをしつつ、現在はフリーランスで仕事をしています。