誰にも見えない「もうひとつの毎日」
手術を終えて、家に戻った。
「元気になってよかったですね」と言われることも増えた。
外から見れば、私は
“働きながら子育てもできる父親”
に戻ったように見えるのかもしれない。
でも、実際は違った。
朝の痛みで体が起き上がらない日がある。
薬の副作用でふらつき、気を抜くと転倒しそうになることもある。
リビングに向かったものの、痛みで床に倒れ込んだまま、
痛みが落ち着くのをじっと待つしかない朝もある。
そのすぐ横で、子どもがテレビを見ながら「おはよう」と笑ってくれる。
返事はできる。
でも、動けない自分が悔しい。
こんな姿を見せたくないのに、痛みは容赦なく日常に入り込んでくる。
痛みと子育て、そして在宅ワーク。
その三つを抱えた“リアル”を、今の私の記録として残しておきたい。
朝いちばんのハードル──起き上がれない、ふらつく、そして倒れそうになる
私の一日は、まず「立ち上がれるかどうか」から始まる。
目を覚ますと、
背中・胸・足のいずれかの神経がビリッと反応する。
その痛みが落ち着くまでに時間がかかる。
さらに薬の副作用でふらつきが強く、
立ち上がった瞬間にバランスを崩しそうになる日もある。
子どもはリビングで元気だ。
「おとうさん、おきた?」と声をかけてくれる。
でも私は、壁に手をつきながらゆっくり歩くしかない。
ときには痛みに負けて、その場で床に倒れたまま、
呼吸を整えながら痛みが引くのを待つ。
そんな自分が情けない。
でも、これがいまの現実だ。
一緒に遊びたい。でも追いつけない。
外に出ると、子どもは遊具に向かってまっすぐ走っていく。
砂場、すべり台、鬼ごっこ。
以前の私なら、全力で追いかけて、一緒に走り回っていた。
いまも「走れない」わけではない。
ただ、急に方向転換したり、スピードを上げたりすると、
足が思うようについてこない。
その場で立ち止まり、痛みが静まるのを待たないといけない。
子どもは無邪気に「お父さんもおいでー」と手を振る。
私はゆっくり歩いて追いつくしかない。
それが、もどかしい。
本当は、もっと全力で遊んであげたい。
もっと一緒に走りたい。
でも、体は正直で、無理をすると翌日は体が動かない。
術後一年経っても、思うように遊べないこの現実が、
私は時々すごく嫌になる。
書いている今も、胸の奥がぎゅっと苦しくなる。
なぜ、できないのだ。
こんなに、毎日リハビリや練習をしているのに。と
在宅ワークの現実──集中したくても体がついてこない
在宅ワークは“自分のペースで働ける”と思われている。
確かにメリットはある。
ただ、私のように神経の痛みを抱えていると、話は別だ。
そもそも長時間働くことが至難の業 なのだ。
パソコン作業を続けていると、
肩の筋肉が凝り固まり、神経周りを圧迫する感覚が強くなる。
脚の神経もジンジンしてくる。
今まで難なくこなしていた作業が、
今では重労働のように感じる。
“神経疼痛に特有の負荷”を考慮すると、
私の作業できる限界平均時間は4時間くらい。
それも、毎日できるわけではない。
そして子どもが風邪で保育園に行けずに
家にいる時は、仕事どころではない。
「おしごとおわった?いっしょにあそぼう!」
熱があっても元気で、無邪気で、まっすぐだ。
本音を言えば、
在宅ワーク × 子ども × 痛み
は相性が悪い。
効率も落ちるし、無理をすると数日動けなくなる。
だから、私はよく判断する。
「今日は仕事を止めた方がむしろ正しいかもしれない」と。
そのぶん収入は増えない。
でも、体を壊すよりはいい。
在宅ワークの“良い点”としては、
保育園のお迎えや、急な欠席にすぐ対応できること。
それは本当に助かっている。
子どもの前では“強がらない”。でも、守らなくてはいけないものがある
私は痛みを隠すタイプではない。
というより、隠せない。
体の上に飛び乗られるだけで痛みが走るので、
「お父さんの体に飛び乗らないでね」と素直に伝える。
子どもは徐々に理解してくれるようになった。
しんどそうな私の顔を見ると、
そっと距離を取ってくれることも増えた。
本当は、痛みなんて気にせず思い切り遊びたい。
でもそれをすると、まるで体が制御装置を働かせるように
“翌日動けなくなる”という形で反撃してくる。
だから私は、子どもの前で強がるのではなく、
体を守るための“線引き”をするようになった。
これが、いまの私が選べる最善なのだと思う。
休みの日、“何もできない”ことへの罪悪感
痛みが強い日は、横になるしかない。
そんな日が週に数回かある。
横になって動けない私を見て、
妻が子どもを連れて出かけてくれる。
申し訳なさで胸が締めつけられる。
本当は、
もっと遊びに連れて行きたい。
子どもの成長をもっと近くで見たい。
家族で過ごす時間をもっと作りたい。
でも、体が言うことを聞かない。
「今日は無理だ」と認めるのが悔しい。
いつの間にか、
“子育ては体力”という言葉が、痛みを持つ私には特別に重く響くようになった。
それでも、在宅ワークを選んでよかった理由
在宅ワークは
「働けるタイミングで働く」
という選択肢を与えてくれる。
“生活が成り立っている”と言える段階では全くない。
それでも、これから成り立たせるために努力している最中だ。
通勤がなく、体調が悪い日は横になれる。
痛みの波があっても、仕事を続ける“道”はつながっている。
これだけで、会社員時代に比べたら大きな救いだ。
量は少なくても「一緒に過ごせた日」が子どもにとっての宝物になる
在宅勤務をしていれば、
もっとたくさん子どもと遊べると思っていた。
でも、術後一年が過ぎても痛みとの戦いは続いている。
思うように遊べない日が多く、
それがとても嫌になることがある。
「少しぐらい無理したらいいのかな」と思う日もある。
でも、それをすると際限なく無理してしまう。
疲れがたまると、何日も動けない日が続く。
調べていく中で知ったことがある。
神経疼痛は、本来なら存在しない痛みを脳が勝手に生成し続ける状態 だということ。
つまり、常に脳に負荷がかかり続けている。
だから、働く時間が短くなったり、
夜も早く休まないと体がもたない。
これは一般的に知られていないし、
私自身も最近知ったばかりだ。
でも、最近思う。
「いっぱい遊んであげたい」というのは親の気持ち。
でも子どもは、
“少しでも一緒に遊べたら、それで満足してくれる” のだと。
昨日たった1時間遊んだだけで、
「お父さん、きのう楽しかったね」と笑ってくれた。
量は無理でも、
質を上げることはできる。
子どもは私が動けなくても成長しているし、
横になりながらそばで見ているだけでも、
それが子どもにとっては“安心”なのかもしれない。
だから私は、
元気な日は思いっきり希望をかなえる と決めている。
痛みと仕事と子育てを抱えている人なら、
自分を責めてしまう瞬間がきっとあると思う。
私自身、そういう日が何度もあった。
でも、子どもは意外と強くて、
親のしんどさをちゃんと感じ取ってくれている。
できる範囲で、少しずつ。
それでいいのだと思う。
