健康な日を“当たり前”と思わない生き方|小さな幸せを取り戻すために

朝、痛みもなく目が覚めて、食事をとり、外を歩く。
そんな一日を、以前の私は「当たり前」だと思っていました。

けれど、病気を経験してから——
何気ない一日の尊さが、どれほど大きな幸せだったのかを
身にしみて感じるようになりました。

目次

健康は「あることが普通」ではなく「奇跡の連続」

私が脊髄腫瘍を患ったとき、
「歩くこと」さえ当たり前ではないことを痛感しました。

手術後、ベッドの上で動かない足を見つめながら、
「昨日まで歩けていたのに」と思わず涙がこぼれたことを今でも覚えています。

あのときの私にとって、
“健康”は「なくなって初めて気づく宝物」でした。

人は、痛みがない日を当たり前と感じ、
元気な体を「基準」にして生きています。
でも、その基準は永遠ではありません。

誰にでも、病気やケガ、不調はいつ訪れるかわからない。
だからこそ——
「健康でいられる今」を、心からありがたく感じたい。
そんな風に思うようになりました。

病気でなくても、事故で突然元気な体で
なくなるかもしれません。


病気が教えてくれた、“生きるペース”の大切さ

病気をする前の私は、
仕事も生活も「効率」「スピード」を重視していました。
常に何かを成し遂げようとし、立ち止まることを恐れていたんです。

でも、手術とリハビリの期間、
“動けない時間”が私に新しい気づきをくれました。

それは、

「休むことも、生きることの一部」
という考え方です。

ゆっくり歩くこと、
少しずつ前に進むこと、
誰かの支えを借りること——。

どれも「弱さ」ではなく、
人として自然で、あたたかい時間なんだと感じるようになりました。


「できない日」こそ、自分を責めないでほしい

リハビリを続けていても、
「昨日できたことが今日はできない」という日がありました。

そんな日は、どうしても落ち込みます。
けれど、健康な人でも体調は日々変わるものです。

つまり、私たちは誰もが「不安定さ」と共に生きています。
完璧に元気な人などいません。

だからこそ、
「今日はこれだけできた」
「痛みが少し和らいだ」
そんな小さな変化を喜べる自分でいたい。

それが、健康を“当たり前”にせずに生きる姿勢だと思います。


日常に“ありがとう”を増やすだけで、生き方が変わる

病気をしてから、私は一日の中で
感謝の気持ちが増えました。

家族が笑っていること、
ごはんをおいしいと感じること、
体が動くこと。

全部、当たり前じゃない。

感謝するたびに、
「今この瞬間を大事にしよう」と思えるようになりました。

たとえ体のどこかに痛みがあっても、
心の中に“感謝の灯”をともせば、
生き方そのものがやさしくなる。

私はそのことを、身をもって感じています。


健康な日が続くように、「自分を大切に扱う」

“健康”を当たり前にしない生き方は、
同時に“自分を粗末にしない生き方”でもあります。

無理をしすぎない、
我慢を美徳としない、
疲れたら休む。

それは「怠け」ではなく、
これから長く生きていくための“メンテナンス”です。

たとえば、
・夜は仕事を早めに置く
・朝ゆっくりコーヒーを飲む
・休日は「予定を入れない日」をつくる

そんな小さな習慣の積み重ねが、
未来の健康を守ってくれます。

私も、病気を経験して初めて「自分を大切にする」ということの意味を知りました。
だからこそ今は、あの時間を無駄だとは思っていません。

私は、病気になってから「良かった」と思えることが増えました。
不思議に聞こえるかもしれませんが、今は自分の生き方を自分で選べているからです。

会社員の頃は、就業規則とスケジュールに縛られ、
朝から晩まで“会社の時間”の中で生きていました。

でも今は違います。
体と心の声を聞きながら、
「自分にとって本当に必要なこと」のために時間を使う。
その感覚が、私にとっての“健康のかたち”になりました。


まとめ:健康である今を、噛みしめながら生きよう

私たちは、
「健康でいること」よりも
「病気をしないこと」を意識しがちです。

でも、ほんとうに大切なのは——
今日も動ける自分を、ちゃんと感じること。

食べられること、歩けること、話せること。
その一つひとつが、奇跡のような積み重ねです。

病気を経験してからの私は、
毎朝目が覚めるたびに、
「今日も足が動くかな」と心の中でつぶやきます。

健康な日を“当たり前”と思わずに生きること。
それが、私のこれからの生き方です。


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この記事を書いた人

会計事務所、事業会社で税務・経理の仕事に従事していました。
40代で脊髄腫瘍になり、手術・リハビリをしつつ、現在はフリーランスで仕事をしています。