病気が「恐怖」から「背景」に変わりつつある場所

病気があったから、人生が変わった。
そう言い切れるほど、単純な話ではありません。

確かに、病気は大きな出来事でした。
怖かったし、不安だったし、
先が見えない時間も長くありました。

ただ、今振り返ってみると、
私の中で少しずつ変わってきたのは、
病気そのものよりも、その「位置」だったように思います。

病気が人生の中心に居座り、
すべてを支配していた状態から、
完全ではないけれど、
少しだけ距離が生まれ始めた。

今日は、
病気が「恐怖」から「背景」に変わりつつある、
その途中の感覚について書いてみようと思います。

目次

病気がすべてを支配していた時期

病気が分かった直後、
私の思考の中心には、常にそれがありました。

再発したらどうしよう。
また手術が必要になるのではないか。
この先、普通の生活に戻れるのか。

何を考えていても、
最後は必ず病気の不安に引き戻される。

仕事のことも、将来のことも、
すべてに
「でも、病気があるから」
という前提がついて回っていました。

病気は生活の一部というより、
人生そのものを覆う存在だったと思います。


恐怖が消えたわけではない

今でも、
体の違和感に敏感になることはあります。

再発したらどうしよう。
もし、もう一度手術が必要になったら。

実際、体の中にはまだ腫瘍が残っていて、
大きくなれば再手術の可能性もあります。

だから正直に言えば、
病気の恐怖が完全に視界から消えたわけではありません。

ただ、変わってきた部分もあります。

手術した箇所については、
当時のように「常に脅かされる存在」ではなくなりつつある。
後遺症は残っているけれど、
少なくとも、四六時中支配される感覚からは少し離れてきた。

病気全体が背景に回った、とはまだ言えません。
けれど、
一部だけが、少し距離を取れるようになってきた。

それが、今の正直な状態です。


病気の影が、少し薄くなった瞬間

ある時、ふと気づきました。

仕事のことを考えている時間が、
少しずつ戻ってきていることに。

何かを考えようとした瞬間に、
すぐ病気の不安に引き戻される。
そんな状態ではなくなってきていました。

完全に元通り、というわけではありません。
集中力も、体力も、以前とは違います。

ただ、
日常が、ゆっくりと前に動き始めた。

それだけの変化ですが、
私にとっては大きな違いでした。


選択の幅が「広がった」というより

よく、
病気を乗り越えると選択肢が広がる、
そんな言い方を見かけます。

でも、私の場合は少し違います。

病気になる前と比べれば、
できることが増えたわけではありません。
選択の幅が広がった、
と胸を張って言えるほどでもない。

ただ、
何も考えられなかった時期と比べると、
「選べる余地」が、少し戻ってきた。

それだけのことです。

どん底から、
数センチ浮き上がったような感覚。
でも、その数センチがあるだけで、
次の一日を生きるには十分だったりします。


病気は、人生の説明書ではない

病気は、確かに人生に影響を与えます。

でも、
人生そのものを説明するものではありません。

私にとって病気は、
理由ではなく、条件になりつつあります。

完全に受け入れられたわけでも、
割り切れたわけでもありません。

それでも、
「そういう前提を持った自分」として、
少しずつ扱えるようになってきた。

その変化が、
病気を恐怖の中心から、
背景へと下げ始めているのかもしれません。


おわりに

もし今、
病気が人生の中心にあり、
常に支配されているように感じているなら。

無理に前向きにならなくてもいいと思います。
調子のいい日もあれば、
立ち止まりたくなる日があってもいい。

できる範囲で、
今の自分のペースを探していく。
それくらいの距離感でも、
十分なのだと思います。

ただ、
病気が少しだけ後ろに下がる瞬間が、
いつか訪れるかもしれません。

その可能性を、
希望として捨てずに、
心の片隅に置いておけたら。

それだけで、
今日をやり過ごす力になることもあります。

景色が劇的に変わることは、
ないかもしれません。

世界が大きく広がることも、
期待できないかもしれない。

それでも、
息を整えられる余白が、
ほんのわずかに生まれることはあります。

先のことを考えすぎず、
今日一日を生きるための視界が、
少しだけ開ける。

それは派手な希望ではありません。
でも、
生きていくには十分な、静かな光だと、
今の私は感じています。

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この記事を書いた人

会計事務所、事業会社で税務・経理の仕事に従事していました。
40代で脊髄腫瘍になり、手術・リハビリをしつつ、現在はフリーランスで仕事をしています。