会社で働くこと自体が嫌だったわけではありません。
上司と意見が合わないこともありましたし、
組織のやり方に疑問を感じることもありました。
ただ、それは会社で働いていれば珍しいことではありません。
むしろ私は、もっと新しい知識を身につけたい、
違う環境も経験してみたいと考えることが多く、
転職という選択肢はいつも頭のどこかにありました。
キャリアを広げるための転職。
それは特別なことではなく、自然な発想だったと思います。
実際、私は一度会社を離れ、
データサイエンスを学び始めました。
当時の目的ははっきりしていました。
新しい知識を身につけて、もう一度企業で働くこと。
いわば、キャリアを広げるための学び直しです。
ところが、その途中で病気が見つかりました。
脊髄腫瘍でした。
手術が必要になり、しばらくは働くどころではなくなりました。
それまで当たり前だった前提が、少しずつ変わっていきました。
病気が変えたのは、体力ではなく前提だった
病気をきっかけに、
働き方を見直す時間が生まれました。
長時間労働ができなくなった。
体力が思うように戻らない。
以前と同じペースで動けない。
体調を考えながら生活することが、
日常になっていきました。
ただ、今振り返ってみると、
本当に変わったのは体力だけではなかったと思います。
変わったのは、
自分が働くときに持っていた「前提」でした。
会社で働いていた頃、
私は特別なことを考えていたわけではありません。
・いつか昇進する
・評価は積み重なっていく
・収入は少しずつ上がっていく
・努力は、どこかで報われる
こうしたことを、
深く疑うことなく前提として受け入れていました。
特別な期待というより、
「そういうものだろう」と自然に思っていた感覚です。
ところが、病気を経験すると、
こうした前提が少しずつ揺らいでいきました。
崩れたというより、
必要なくなった、という方が近いかもしれません。
体調という不確実な要素が入ったことで、
人生の設計そのものを、
もう一度考え直す必要が出てきたからです。
続ける理由は「外側」に置いていた
振り返ると、
それまでの私は、働き続ける理由を
自分の外側に置いていました。
肩書き。
安定。
世間的な評価。
「普通に働いている」という状態。
それらは確かに意味のあるものです。
社会の中で生きていく以上、
無視できるものではありません。
ただ、身体の状態が揺らいだとき、
それらの重みが少し変わりました。
肩書きよりも体調。
評価よりも生活。
安定よりも、無理をしないこと。
優先順位が少しずつ変わっていったのです。
そのとき、ふと考えました。
「これは本当に、自分が続けたい理由だったのだろうか」
そう問いかけたとき、
はっきりした答えは出てきませんでした。
辞めたいわけではありません。
ただ、
続ける必然が見えなくなっていた。
それだけのことでした。
意味が消えたのではなく、構造が変わった
振り返ってみると、
仕事の意味が消えたわけではありません。
人生の構造が変わったのだと思います。
以前の私は、
こんな順番で物事を考えていました。
仕事 = 中心
健康 = 前提
お金 = 結果
まず仕事があり、
その上で生活があり、
結果として収入がある。
そんな並びでした。
でも病気を経験してから、
順番が入れ替わりました。
健康 = 土台
時間 = 資源
仕事 = 選択肢
お金 = 防御
まず身体があり、
その上に生活の時間があり、
その中で働き方を選ぶ。
そしてお金は、
生活を守るための防御の役割を持つ。
この順番に変わったとき、
会社で働くという形は、
絶対的なものではなくなりました。
選択肢の一つになった、
それだけのことだったのだと思います。
辞めなかった理由
では、なぜすぐに会社を辞める決断をしたわけではなかったのか。
それは、衝動で決めたくなかったからです。
辞めるのも、続けるのも、
どちらも人生の設計に関わることです。
私は、
「辞めたいかどうか」
ではなく、
「なぜ続けるのか」
を一度考え直したいと思いました。
その時間があったからこそ、
自分の体調や生活を前提にした働き方を
少しずつ考えることができたのだと思います。
そしてその延長線上に、
結果としてフリーランスという選択がありました。
続ける理由が見えなくなった日は、終わりではない
続ける理由が見えなくなった日は、
必ずしも終わりの日ではありません。
むしろ、
他人の前提で動いていた人生から、
自分の前提を見直す日なのかもしれません。
辞めるかどうかは、
そのあとで決めればいい。
まずは、
「自分は、何を前提に働いているのか」
そこを見直すことの方が、
ずっと大きな意味を持つこともあります。
終わりに
私はあの日、
「会社を辞めたい」と強く思っていたわけではありませんでした。
ただ、
同じ前提で働き続けることが
少し難しくなっていた。
それだけのことでした。
だから私は、
仕事そのものを変えたというより、
働くときの前提を少し変えました。
続ける理由が見えなくなった日は、
終わりではなく、
人生の設計を
もう一度見直す入り口だったのだと思います。
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